子どもの世界へ●目次 

 

共生をもとめて―ムーミン谷の十一月/柴田隆行
金子みすゞのまなざし/田中信市
ねむり姫―夢みる力/勝又洋子
人喰い山姥と子供/長野晃子
旅ねずみは海へむかう―逆説的子ども文化論/天沼春樹
教室は自分探しの旅―少年少女たちとの奮戦記から/野村みどり
子どもの世界・遊びの世界をたずねて/石塚正英

【論争の思想史】

邪馬台国―論争の解明/藤田友治

【古典の森散策】

バイブルの精神分析/やすいゆたか

【余韻のW杯】

白人×黒人=勝利+美=国家統合?―ブラジル・サッカーの挑戦/市之瀬敦

【書斎の煌き】

第二次世界大戦勃発から六〇年/宮本正博<歴史知>の小品
プロムナードを遊歩する/石塚正英

【言葉の森散策】

クレオールな旅立ち/市之瀬敦



 子どもたちは鬼ごっこをして、本当に鬼を恐がって逃げる。もちろん鬼がA君、Bさんであることはわかっている。逃げる自分だって次には鬼になる。善人だけ、悪人だけなど現実にだってありやしない。虚構と現実が交差するところに遊びのおもしろさがある。ところが、昨今はこの区別が見失われ、バーチャル・リアリティのゲームで飛行機の操縦を「マスター」した男が本物の飛行機を乗っ取ってベイブリッジの下をくぐれと機長を脅し、挙げ句の果ては自ら操縦桿を握って墜落しそうになるという事件が起きた。こういうのは〈子どもっぽい〉とは言わない。〈大人気ない〉だけだ。

 児童文学というと日本では子どもが読む本と思われがちだが、ここでいう児童文学は、〈子ども〉が登場人物の中で中心的位置を占める文学だといちおういえる。しかしまた、その例外もすぐに思い浮かぶ。たとえばグリム童話にはいわゆる子どもが登場しない場合も多い。要するに、児童文学を厳密に定義することは難しい。その証拠に、〈児童文学〉というジャンルが存在しない国の方が多いし、たとえばドイツには〈児童文学者〉という特定の作家はほとんどいず、ミヒャエル・エンデやペーター・ヘルトリングたちはいわゆる大人向けの本もたくさん書いている。

 児童文学は、かつての私たち、記憶という少しもやのかかったとばりの向こうに見え隠れする子ども時代につながっていくことでもある。また、今の私たちを豊かに創造的にしてくれる源である、私たちの中に息づいている子どもに語りかけることでもある。そしてさらに、私たちのこころの中でこれから成長していく可能性を秘めた子どもに目を覚ましてもらうことになるかもしれない。そんな過去、現在、未来を自由に行き来できる〈子ども〉に出会いたい。       


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