●[図書新聞 1999/12月18日]
「久方ぶりに読書の楽しみを味あわせてもらった。本書は、今日の中国のモダン・アート、そのなかでも艶俗アートの担い手たちとの交流を通して、その芸術運動――無定形な芸術運動とでもいうべきか――を芸術家たちの生活の面から、思想の面から、そして肝心の表現の面から紹介したルポルタージュ作品である。……私は、本書を読み了え、中国の自由と民主は、一九八九年の六・四弾圧以後も、精神と文化の面で活き続けているのだと、したたかな感慨にうたれた。(津田道夫・評論家)」
●[南日本新聞 1999/10月3日]
「本書は厳しい状況と向かい合う彼らを通して、今の中国の一断面を鮮やかに見せてくれる。その意味では、美術ファンならずとも一読の価値あるルポルタージュと言えるのであるが、当局の正式許可を受けた取材ではないため、著者はあくまでも旅行者の見聞録という立場を取る。……不自由であるからこそ自由を求める彼らの活動は切実である。国内での制約が海外で高い評価を受ける要因となる皮肉な構図を本書は明らかにしている。(山西健夫・鹿児島市立美術館学芸係長)」
●[朝日新聞 1999/10月3日]
「現代美術の領域でもっともホットな存在である中国現代美術だが、日本語で読める文献は呆れるほど少ない。『北京芸術村』は、著者みずからが若いアーティストたちの生活に入り込んでまとめた、貴重なリポートである。(「私の◎○」都築響一・編集者)」
●[産経新聞 1999/9月29日]
「……『芸術家村』では芸術はどう位置づけられているのか。そして芸術家たちは一定の制約がある芸術環境のなかでどのように『自由』を得ようとしているのか。芸術の歴史を踏まえながらの詳細なルポは立体的な構成に仕上がっている。一九八九年の天安門事件で彼らのスタイルは変わったのかとの視点もあり、興味深い。事件の失望と恐怖が冷めやらぬなか、芸術村で生活する若者の息づかいが感じられる。」
●[朝日新聞 1999/9月19日]
「学生時代にハルビンの行商人用ホテルで半年間、『不法就労』した経験もある著者は、こうした『ゲリラ的取材』がうまいらしい。はじめは警戒気味だった美術家たちも同世代の著者に心を開き、酒を飲み、食事をしながら交流が広がっっていく。……自由芸術家の作品に対する海外の関心は急速に高まっているが、中国国内ではまだ発表の機会が少なく、当局は彼らへの警戒をゆるめないという。著者の滞在中、ある画家の内輪の展覧会が公安の命令で中止になったエピソードも出ている。この本からは、そんな不自由な状況にも一向にめげない、したたかな芸術家の群像が浮かび上がっている。(扇田昭彦・朝日新聞社編集委員)」
●[共同通信配信 1999/9月上旬]
「北京市街から二十キロほど離れたところに通県という農村がある。そこに多くの若いアーティストが住みついている。……本書はそこで暮らす著者と同年代の若いアーティストたちを通じて現代の中国の青年たちの姿を描き出したルポルタージュである。……何人かのアーティストについて生い立ちから日常生活、そして芸術観にいたるまでたんねんに取材しており、アーティストの肉声を記しているところは新鮮である。(清水敏男・美術評論家)」
●[2000/5月26日]
私は1989年当時北京の某大学で語学留学し、現在も中国への興味を持ち続けております。絵画もそのひとつで、今回このような本が出版されたことをとてもうれしく思いました。作者と共感する部分が多く、日頃漠然と感じていたものを、文章にしてもらった感じでまたとても新鮮に感じました。私は北京ロックをよく聴いているせいで、北京ロックとモダンアートが自然とダブってくるように思えます。今後の作者の新たな挑戦、同世代の人間として期待しております。
(山口県在住、学校職員、32歳)
●[1999/11月12日]
芸術を扱う書(又は研究)は、作品至上主義のもと、作品を小ムヅカシイ言葉で“分析”するものがほとんどであるが、本書は芸術を生み出す源泉そのものである人と社会を直接取材という最も的確な方法で追究しており、大いに共鳴し、かつ敬意をおぼえた。
(東京都在住、大学教員、38歳)
●[1999/9月27日]
『北京芸術村』を読んで、人間にとって本当の自由とは何かを改めて考えさせられました。芸術村のモダンアーティスト達の個性的な絵は、とても強く印象に残ります。久しぶりに読みごたえのある書物に出会えたと思います。
(福岡県在住、無職、55歳)
●[1999/9月20日]
あわてず、静かに、ずっとずっと、中国をおもい続けてほしい。今後とも、ご健筆を、お願いします。
(大分県在住、65歳)