中国香港特別区最新事情●目次  

はじめに…香港の限界と可能性   

第1部 「回帰」二年――変わるもの・変わらないもの   

1…変化の中の「国際都市」    
香港人…低姿勢な駐留…国慶節の基地開放…英語、影薄く…漢字紙の行方…フーゾクに変化なし…忙しさ変わらず…あこがれニッポン…日本人減少…長引く不況…返還一年「変化ない」…続く経済危機…帰属意識…白人の夜の街・湾仔…「私たちの家」運動…香港のフィリピン人…新空港オープン…二回目の国慶節

2…「一国二制度」と人権のはざまで   
民主化、足踏み…「国家安全」規定…新選挙制度案…“本国”裁けず…全人代代表団…外国籍議員…役目終えた臨時立法会…一票の格差…過去最高の投票率…変化ない反日活動…人権と台湾問題…映画も自粛?…返還と統一…公共放送へ圧力…市民の声

3…「大陸化」する香港の政治   
香港の民主と中国…議会に戻った民主派…江沢民に「好感」…消える抗日祝日…財界の不満…じんわり大陸化?…二つの判決

4…大陸人の香港 
“国境”の恩恵…民主化への期待…上海と香港の距離…あこがれの地…新移民の苦難…強まる関心…デモ容認…越境通勤・越境通学…大陸で裁判…大陸の司法改善は?

第2部 香港ひと模様   

1…「返還」を前にして   
十年、妻を待つ…二重国籍で保険…軍票、返還後に期待…親中国派議員…自粛の風潮…教えられなかった香港史…返還直前の歌謡クラブ

2…香港の日本人   
「人治ビジネス」懸念…娘たちの将来…「香港ドリーム」…街が元気の素…残留孤児二世…嫁いで十二年

第3部 マカオはいま   
風雲のマカオ…ポルトガル語からの解放…治安の悪化…大陸同化度



 革命や他国からの侵略によるものでなく平和裏に国が変わるということは、どういったことなのだろう。世界中から注目された香港の中国への返還は、当初、言われたような懸念をよそにスムーズに移行した。五十年間約束された一国二制度の下、宗主国がイギリスから中国に代わっただけとも言える。香港は、国家にとって特別な地域の経済都市に過ぎず、「イギリスの植民地」から「中国の特別行政区」と名称が代わっただけだった。

 返還後、二年たった香港をそう言い放つこともできるかもしれない。

 返還前後、香港は緊張した。かつて自らが、あるいは父母、祖父母らが生まれ育った母国とはいえ、共産党が独裁し、民主国家にはまだ程遠い中国に統治権が移る。社会的な立場が弱く、当局の動きに敏感な風俗関係業界がまず自粛した。警察の取り締まりもその時期、強化され、簡易の売春業者の看板が減った。ヌード雑誌も露骨な写真が減った。新聞やテレビの報道も中国に配慮した様子が伺え、民主派政治家らの動きを伝える頻度が減った。

 だがこうした自粛もまもなくなくなる。マスコミによっては親中国的な色彩を強めるメディアも出てきたが、リベラルなメディアは元気を取り戻す。その回復ぶりはやはり、風俗関係の方が早かった印象だ。天安門事件を追悼し、中国の民主化を願う「六・四」集会の参加者数の増加にも、“香港の安心感”が表れている。

 こうした背景には、「香港は変わらない」ことを世界に伝えたい中国側の配慮、香港政府内の努力などが影響したと言われている。「自由な都市」香港のイメージが下がることは、香港経済にダメージを与えると同時に、いまだに香港を世界経済への窓口としている中国経済にとっても影響が大きいからだ。

 かつて「香港はカネを稼ぐ場所であり、稼いだら狭い香港を後にして海外に移住する。香港は終の住処ではない」と言われてきたが、中国の経済開放政策が安定し始めると香港に戻って来る人々が増えた。香港の地に足を下ろし始めたといえる。一方、それでも海外へ移住していく人は年間、万を超える。学校の教育も英語による授業から母国語(広東語)による授業に切り替えが進んでいる。多くの親はそうした現地化を歓迎しているが、一方で自分の子供だけは英語で教える学校へ、という願いは依然強い。英語を自由に使えることが、子供の将来の保険になると考えている。実際、香港社会ではまだ、英語を話せるかどうかがが、その人を評価する際の大きなポイントとなっている。

 香港は、一般の概念で言う国家にはなれなかった。香港の人々に国家になろうという意思もなかったし、香港を取り巻く歴史に独立へのバネとなるような動きも存在しなかった。香港の限界である。一方で、国という枠組み、一つの体制が維持されている地域・社会を国家とみるならば、香港は国家を超えた存在になれる可能性はある。

 一九世紀の時代から中国・華南地区の人とモノの出入口であり、東アジア、東南アジアとの交流の要であった香港は、どこかの国の中の点とみるより、広がりのネットワークを持つ地域として存在してきた。その香港がある意味で国家の枠を越えた自由な地域で在り続けるには、中国国家という色の度合をこれ以上強めない方がいいだろう。香港が香港と呼ばれる由縁はそこにあるはずだから。

 香港がこれからどうなっていくのか。中国の一地域として溶けこんでいくのか。それとも独自の民主的な政体をもつ特別な地域として周辺地域とのネットワークを維持・拡大できるのか。香港の存在は、国家とは何なのか、をまだ当分考えさせてくれる。――序章より  

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