日本の植民地教育・中国からの視点●目次  

まえがき―あわせて用語の問題について  王智新  

第1部 侵華教育研究の課題と方法  

中国における「日本侵華教育史」研究の動向と課題 王智新 
一、はじめに 
二、中国における侵華教育史の研究動向 
三、中国における日本植民地教育史研究の課題 
おわりに

皇民化教育、同化教育と奴隷化教育 斉紅深(王智新・訳) 
一、国家と地域の研究者の使用状況についての比較 
二、概念形成の根拠についての比較 
三、適用区域、時間的範囲での比較
 

日本による中国植民地教育研究の概念と方法 関世華・李 放 
一、侵華教育研究の概念と方法(関世華/王智新・訳) 
二、東北淪陥期教育研究の方法とその活用(李 放/槻木瑞生・訳)

第2部 「淪陥区」における植民地教育  

侵華期における植民地教育政策 武 強(藤澤健一・訳)
一、台湾統治期の「皇民化」教育 
二、旅順・大連統治期の「関東州」人養成のための植民地教育 
三、偽満洲国期の「忠良国民」養成の奴隷化教育 
四、汪偽統治区における「新民」への反動教育 
五、中国人民の抵抗

中国淪陥区における奴隷化教育について 呉洪成・彭沢平(世良正浩・訳)
一、固有の文化教育事業に対する破壊と奴隷化教育方針の確立 
二、奴隷化学校教育体制の建設 
三、奴隷化教育実施の策略または方式 

関東州教育の典型的な特色―双軌制 楊 暁 
一、関東州教育における複線制の成立及び形成 
二、関東州教育双軌制の主要特徴 
三、関東州教育双軌制の実質 
 

蒙彊政権の教育政策について 祁建民(佐藤尚子・訳)  
一、分断的民族教育政策 
二、高等教育の廃止と農牧技能教育の実行
三、日本語と日本文化の教育強化 
四、教科書の思想性の強調 
五、教育界人士への厳しい弾圧

第3部 偽満洲国教育の諸相

「九・一八」事変以前の中国東北教育 黄利群(王智新・訳)
はしがき 
一、「偽満」以前の東北の政治経済 
二、「偽満」以前の教育宗旨と教育制度 
三、「偽満」以前の東北教育の実施状況 
結び

偽満洲国の成立と教育政策の展開 王紹海(王智新・訳)
一、植民地主義教育の拡大(一九三一・九・一八〜一九三七・一二) 
二、植民地主義教育体系の形成(一九三八・一〜一九四一・一二) 
三、戦時体制下の植民地主義教育の強化(一九四一・一二〜一九四五・八) 
四、偽満洲国の植民地主義奴隷化教育の実際
 

偽満洲国「学制要綱」批判 王 桂・白家瑤(蘇 林・訳)
一、はじめに 
二、「学制要綱」が登場した社会背景 
三、「学制要綱」の基本内容 
四、「学制要綱」の特徴と本質

初等教育―奴隷化の第一歩 王野平(王智新・訳)
一、小学校の教育概況 
二、各種小学校 
三、学科の変化及び主な内容について
 

中等教育―侵略協力者の養成 王野平(王智新・訳)
一、中学教育の概況 
二、学科の変化及び主な内容について 
三、各学科主旨及びその主な内容 
四、課外奴隷化教育

高等教育―建国大学の場合 王智新
はじめに 
一、建国大学の淵源 
二、建国大学の建学理念と学校システム 
三、建国大学の教員とその組織 
四、建国大学の学生教育と管理 
五、おわりに

 

職業教育―分析と評価 公亜男(石川啓二・訳)
一、偽満洲国の職業教育の概要 
二、偽満洲国の職業教育の主な特徴 
三、偽満洲国の職業教育の実質 

儒教・仏教に対する偽満州国の方略について 劉兆偉(竹中憲一・訳)
一、儒教的行政技術による隠蔽 
二、仏教布教の援助

偽満洲国教育と教会学校教育―他国との比較 宋恩栄・熊賢君(蘇 林・訳)
一、二つのタイプの文化侵略教育 
二、温情的な儒学の仮面 
三、ピラミッド式の教育行政体系 
四、入学年限の短縮と学業レベルの低下

東北地方における日本人の教育について 斉紅深(王智新・訳)

一、中国東北地方の日本人教育状況 
二、中国東北における日本人の教育方針と目的 
三、中国東北における日本人教育体系 
四、在満日本人教育の特殊化と地方性措置

第4部 教育支配・浸透と抵抗

反満抗日教育運動の展開 滕 健(王智新・訳)
一、反満抗日運動の発端 
二、反満抗日教育運動の高まり 
三、反満抗日教育運動の退潮 

「私塾」の静かなる抵抗 于逢春
一、「関東州」および私塾 
二、一八九八〜一九〇四年の関東州の私塾 
三、一九〇五〜一九四五年までの関東州の私塾 
四、私塾の教学内容と植民地化・奴隷化教育への抵抗に果たした役割

「関東州教育」体験記 陳丕忠(方如偉・訳)

教育の交流から対立へ 魏正書(張海英・訳)
一、交流と浸透 
二、拡張と抵抗 
三、奴隷化と抵抗 
四、いくつかの啓示

本書刊行によせて 海老原治善


  日本帝国主義による中国での植民地教育に関する研究は、八〇年代以降、中国においても年を追って盛んになってきた。中国では、その教育の性格の定義づけとして、「奴隷化教育」という用語がよく使われる。日本帝国主義が中国で行なった約四〇年におよぶ教育の営みを、すべてそのようなひとつの概念に集約できるかという、非常に素朴な疑問を、特に日本人研究者はよく持つようである。たしかに植民地奴隷化教育も一日にしてできたものではない。また、いかに中国側の問題意識が強かろうとも、問題解決へ向けて導きとなる理論がなければ、研究の意義も低下せざるを得ない。植民教育史研究に関しては、植民地統治者から発せられた法令や規則のみに基づいて、教育構造を外側から形態的に把握しただけでは不十分である。教育の客体である児童がいかなる被害を受け、いかなる教育的生活を営まされていたか、教師がいかなる状態に置かれ、しかも、同じ中国人の児童にたいして、教師たちはどのような意思を持って教育に立ち向かっていたのか。教育内容、教育方法など、教育的な営為や内的事項と法令、制度、制度とのかかわり合いを具体的・立体的・構造的に把握することが重要である。

 だが、多元的・複眼的視座に立って、総合的・構造的に把握されなければならない歴史の前提となるものが、日本帝国主義による侵略・統治であることは絶対に忘れてはならない。

 日本人学者のこれまでの研究成果に学び、日本人学者が論争してきた争点、たとえば現地主義、内地延長主義、郷土化教育、地方化、同化主義といったタームは何を意味しているか、それらの限界はどこにあるか、などについても検討してみる必要がある。支配側の理論や政策を理解することによって、植民地支配の全貌はより明瞭になる。中国側が「奴隷化」というタームを使用すると、日本人には理解できないし、納得いかないという反応を受けることが多いが、それはなぜなのか、その心理を研究する必要がある。そのことを理解してはじめて、日本の学者と共通する言語が見つかるであろう。その共通言語はもしかすると、「青い鳥」なのかもしれないのだ。

 植民地にかんするあらゆる事象は、まさしく、いまだ過ぎ去ろうとしない過去である。われわれが植民地教育を研究するのは、単に過去の追求や清算を求めるためだけでなく、われわれ自身が生きている歴史的現在において民族問題を考え、植民地問題を考えていくためなのだ、ということができるだろう。(王智新) 

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