チャタレイ革命●目次 

序 章 エロチシズムの殺害者 

プリンセス・ダイアナ/『エマニュエル』の衝撃/『恋人たち』の無惨なカット

第一章 検証・チャタレイ判決

検閲削除事例/〈物〉と化した男たち/文学を殺した最高裁/二つの世界/エロスと日常性/波、光、流れ、渦/クリムト/封印されたエロチシズム/司法官僚のさじ加減/ロレンス、この思想の変革者/ギリシャの古代へ/ギリシャの壷/火のような感覚/エロスと解放/感覚の復権/悪魔が崩す〈物〉の世界/二重の意識/メタモルフォーゼ

第二章 裸の神の最高裁

エロスの詩を殺した/野蛮な日本最高裁の判決/陪審制度なき欠陥裁判/裸の神の傲慢さ/司法真空国・日本/井の中の蛙たち/権威なき傲慢/江戸時代へのタイムスリップ

第三章 物が神となった時代

ポルノ病の病原菌/切り子ガラス/人間の意味と重み/状況の芸術/ドン・キホーテ的妄想/反ポルノ作家/通底する物神崇拝論/〈物〉について/数字という専制君主/ソロスの憂鬱/マルクスとロレンス/オートジェスチョン/無機物質的世界/セルロイド製の魂/物としての階級/死に至る病/カネ、かね、金/仮面舞踏会/不条理な人間存在

第四章 ロレンスのロシア革命観

死せる階級への訣別宣言/優しさの革命/火刑台上のロレンス/ボルシェヴィズム批判/先駆的なスターリン主義批判/退行するロシア革命/革命批判の原点/プロレタリアの知性/確かなる眼

第五章 性の革命

労働者反対派と性革命/ボルシェヴィズムの破産/生きながらの死/囚われの愛と革命の死/性と愛の党公認制度/革命崩壊の内在律/『一九八四年』的性生活/政治革命先行主義の破産証明/革命とは心的構造の変革/コニーの冒険/未来へのイメージ/権力の壊死/永久抵抗運動の戦闘宣言/『資本論』と『チャタレイ夫人の恋人』

補 章 執筆メモ 



 人間破壊の現実とデマゴギーの氾濫の二〇世紀ではあったが、そうした一世紀を通して確実に言えることは、権力と官僚制の止まることなき肥大化である。中央の一点に集中した権力は、権力の忠実な僕となり、そうなることによってささやかな甘い汁を吸える寄生虫の存在としての官僚を大量生産し、人間を支配するようになった。資本主義、社会主義、民主主義などと様々な呼び方はあるが、政党、行政、司法、労組、企業、団体等のあらゆる組織・機構にあまねく根を張っているのは官僚制システムである。支配しているのは官僚制メカニズムである。特に日本はその様が顕著である。強大で磐石なシステムとなった官僚制の前に人間は全く無力となった。それが二〇世紀だった。

 そう考えていた日々のある日のこと、ふと一冊の本をじっくり読んでみたいと思った。D・H・ロレンスの『チャタレイ夫人の恋人』である。ボルシェヴィキ革命進行のまっただ中で、スターリン主義が確立しようとしていたこの時期、世に言われ、出版社もそのように宣伝しているような「性愛文学」を、ロレンスが単純に書いたとは考えられなかった。何かがある。

 「エロス」の哲学は状況の哲学である。私はあえて、状況を図解的に語ることによって、状況に関する私なりの考えを提示してみた。マルクス主義の論理構造に特有なスタイルであると同時に、「逆さマルクス主義」としての近代経済学思想に特有な土台・上部構造論と対比する上で、冒険ではあるがあえてそうしてみたのである。この作業を通して、私の手は面白いことに、ロレンスとマルクスがともに人間の物神崇拝化批判という一点で通底していることを発見した。

 そこまでたどり着ければ、なぜロレンスが一見不自然で、小説作法からすれば問題と言うべき生硬なボルシェヴィズム批判を、この作品の中で展開しているのか、読みとれる。執筆当時においてはまだ不透明だったロシア革命の国家資本主義への退行を、ロレンスが予見していたことさえうかがわせる革命批判を行っていたこと。スターリン主義化していったボルシェヴィキによって、性革命と自主管理という切り離すことのできない社会革命を権威主義的に抑圧し、権力主義的に弾圧し、遂に革命が反動化させられたこと。暴力的に反革命によって崩壊させられたのではなく、社会革命の圧殺と官僚主義化という内在律によって、ロシア革命はベルリンの壁崩壊で息絶えたのである。このことは政治権力奪取を先行させるべきだとする二〇世紀の、マルクス・レーニン主義型革命論の破産を証明することにもなった。

 ロレンス思想の究極には「優しさ」という濃縮し、凝縮した思想の核質があった。そのことは、この作品の題名を当初、『優しさ』としたいと作者が考えていたということでもうかがわれるが、ロレンスにとって「エロス」とはつまり「優しさ」だったのである。暴力的で、打算的で、凄惨だった二〇世紀を振り返るとき、ロレンスがなぜ「優しさ」を強調したかったのか、分かる気がする。最近、若者に「好きな言葉は」とアンケートすると、「優しさ」と答える者が多いという。ロレンスはしっかりと、現代人に根づいているのである。そして息づいているのである。


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