ポルトガルの世界●目次 

プロローグ

第1部 大西洋かヨーロッパか、それが問題だ――「四月二五日革命」の軌跡

 1――はじまりの海、海のおわり
 2――四月二五日革命――ヨーロッパの地響き
 3――われわれはヨーロッパだ!
 4――甦る大西洋
 5――「革命」の成人式
 6――ソアレスの哄笑
 7――二つの国民投票
 8――「ほら、四月の大尉たちよ!」 

第2部 ルゾ・トロピカリズモの誘惑と陥穽――過ぎ去らない帝国の夢

 1――「人種差別のない国」への実感的疑問
 2――ルゾ・トロピカリズモとは何か?
 3――利用されたルゾ・トロピカリズモ
 4――「ポルトガル的世界」から「ポルトガル語の世界」へ
 5――夢よ、再び――「ポルトガル語諸国共同体」の誕生
 6――未来へのダイブ? それとも……――九八年「海の万博」
 7――ルゾフォニア――ネオコロニアルな香り

第3部 ポルトガル語が話される世界――ルゾフォニアの神話と現実

 1――われこそは祖国――ポルトガル
 2――「ブラジル語」は存在するのか?――ブラジル
 3――統治すれども君臨せず――カボ・ベルデ
 4――フランス語は恐れるに足らず?――ギニア・ビサウ
 5――「共通の富」を共有するのか?――モザンビーク
 6――独立の祝福はポルトガル語で――東ティモール
 7――ポルトガル語は良い賭けか?――マカオ
 8――不可視の公用語=ミランダ語――ミランダ・ド・ドロ 

エピローグ

参考文献



 ふとしたきっかけで、ポルトガルで暮らした日々の記憶が蘇ることがある。ポルトガルでの生活を終え、日本に戻ってすでに一〇年が過ぎてなお、ときどきあの頃の生活を思い出すのだ。ポルトガルやポルトガル人について、教室や研究室で語ることはありふれた日常の一部だけれど、そんな時は私の感情に変化が生じることはない。ただ淡々と知識を人に伝えるだけである。

 だが今でも、深夜まで友人たちと飲んだあと一人夜道を歩く時、高層ビルの窓からぼんやりと夜景を眺める時、カーズのヒット曲「ドライヴ」を耳にする時、サッカー場のスタンドで勝ちゲームの終了時刻が近づいた時、そんな時、私はポルトガルで過ごした日々を思い出し、心の空白を埋めようとするかのような感情のざわめきにとらわれるのだ。

 たしかに留学生として暮らした頃は、友人たちと深夜まで酒を飲み、夜明け前の暗い夜道を一人歩いたことが何度もあった。大使館員として働いた頃は、高層マンションの窓から毎晩のようにリスボンの夜の姿を見下ろしていた。ポルトガルに住み始めた年には「ドライヴ」が大ヒットしていた。サッカー・ファンの私はリスボンにあるルス・スタジアムに何度も足を運び、ベンフィカの勝利に酔いしれた(実際は敗北に落胆したことも、かなりあったのだけれど)。

 私のリスボンでの暮らしは、一九八〇年代後半と重なる。それはポルトガルのEC(現在EU)加盟の直前と直後の時期である。停滞のポルトガルがダイナミックな動きを示し始めた頃だ。一月生まれだから言うわけではないが、停滞と躍動にそれぞれ彩られる二つのポルトガル社会をヤヌス神的に前後同時に眺めることができた時期に、私はその首都に暮らしていたのだった。

ときどき私を襲う気持ちのざわめきが、ポルトガル人に特有な感情だといわれる「サウダーデ」なのかどうかはわからない。とりあえず「郷愁」とか「哀愁」とか訳されるが、ポルトガル人に独特といわれる感情を、四、五年の間ともに暮らしただけで理解できたなどと言うつもりはない。正直を言えば、私の心をときどきとらえて離さない感情が「サウダーデ」なのかどうか、どちらでもかまわないと思う。だが、ポルトガルという国が、私の心の中で特別な存在であることはまちがいない。

日本に戻りずいぶんと時間が経った今も、同じような状況に身をおいたとき、ふとポルトガルでの日々が記憶の深層からよみがえってくるのだろう。私の記憶の底には、ポルトガルの思い出が、考える以上に大きな場所を占めているようだ。しかもその中には、私のというよりは、ポルトガル人の記憶も紛れ込んでいるらしい。ポルトガルは小さいわりには記憶の過剰な国だ、一千万の人口では抱えきれない分を私も背負わされてしまったのかもしれない。

 一九九三年が日本とポルトガルの友好四五〇周年にあたったこともあり、日本では過去一〇年間、ポルトガルに関する本がずいぶんと増えた。専門家による概説書や歴史書、さらにはポルトガルに長く暮らした人の滞在記など。どれも有益で楽しめる本であるし、ポルトガルに対する関心が増していることの証でもあるのだから、喜ばしいことなのだと思う。

 だが、私はそれぞれの発言に納得はするものの、満足はできないできた。もっと違う語り方、語るべき内容があるのではないのか、あるべきではないのか、それが率直な疑問だった。誰もが言うように、たしかにポルトガルの気候は温暖で暮らしやすいし、国民性も温厚で親しみやすいといえるだろう。風光明媚な土地も多いし、食事も日本人の口に合う。遥か日本までやってきた大航海時代のポルトガル人の行動はドラマチックで興奮を誘うし、一九七四年の「四月二五日革命」以降の四半世紀間に繰り広げられたサクセス・ストーリーも感動的だ。長くつきあうのに悪い国ではない。でも、私たちはいつまでも同じ言葉を繰り返していてよいものだろうか。

だから、いつか自分なりにポルトガルについて語りたいとずっと考えていた。その場に自分がいてもいなくとも、同じ時代を生きていると実感できる事象、すなわち現代ポルトガル社会の同時進行的な動きを中心として。できるかぎり実際の体験に根ざし、けれど根拠の薄い個人的な印象論に堕することなしに、ポルトガルを描きたいと思ってきたのだ。

 本書は三部構成である。どのテーマもポルトガルを理解するためには不可欠なものだと思う。ヨーロッパ化するポルトガル、今もなお過去に引き摺られるポルトガル、ポルトガル語という柱で一つの共同体を築こうとするポルトガル。

第泄狽ナは、ポルトガルの建国と同じくらい古いといわれる大西洋主義とヨーロッパ主義の葛藤が、一九七四年の「四月二五日革命」後もポルトガル社会をさまざまな形で根底から揺さぶりつづけていることを論じる。ユーラシア大陸の最西端に位置する周縁国家ポルトガルは、いるべき場所に戸惑わざるをえない宿命を擁しているのだ。

 第部では、世界におけるポルトガル人固有のあり方を理論化したといわれるルゾ・トロピカリズモ(ポルトガル熱帯主義)を取り上げた。ポルトガル人がブラジルに残した「混血」はなぜ誇りうるものとなったのか。ポルトガル人固有の世界におけるあり方とはフィクションではないのか。ルゾ・トロピカルな甘い香りの誘惑に落とし穴はないのか、論考する。

 第。部は、ポルトガル人ではなく、世界におけるポルトガル語の現状について考察してみる。時あたかも、二一世紀最初の独立国にならんとする東ティモールがポルトガル語を公用語に採用しようとしている。ポルトガル語圏世界の本当の姿はどのようなものなのか。話者二億人という公式数字に政治的な意図は隠されていないのだろうか。英語支配に対抗するポルトガル語の維持・普及という被害者意識の影に、少数言語の生存権への配慮はあるのだろうか。ポルトガルという舞台から離れても、世界の中のポルトガル語を観察することで、それぞれの国や地域だけでなくポルトガル社会も観察するという言語社会学の実践となるだろう(なお、そこで取り上げる国と地域を私は少なくとも一度は実際に訪問している)。

 本書を執筆するにあたり、二つの願いを込めた。一つは、すでに述べたように、これまでとは違う側面から、これまでとは違う言葉でポルトガルについて語ること。いま一つは、教科書では漏れてしまう世界史の醍醐味を味わっていただくこと。今はただ、この試みが無謀なものでなかったことを祈るのみである。
――まえがきより

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