平等な結果をもたらす学校(0-12号)
なぜ学年以上学習なのか/くりかえしと創造力の相関について/「考える力を育てる授業」の限界/「何もいわない指導」で育つ物/自転車に乗れること、泳げること
一年目 自分の責任で学ぶということ(13号-26号)
山岸会との出会い/結果ではなく意欲を評価の対象に/先生らしく、母親らしく、子どもらしく/やらせる指導から、やる指導へ/親の善意?
セルフラーニングスタート ずっと自由になった(27号-50号)
勉強を教えない塾/ちょうどということ/不思議な絵画との出会い/入院しながら考えrたこと/留学生とのかかわりの中に子育てがみえる
通信2本立てでスタート らくだで一番変わったのは私(51号-64号)
卒業する息子へ/すぺーすらくだはお寺のようだ/通信簿に「所見欄」はいらない/条件付き体罰容認派からの転向/教師とメントール/インヒビターからエボケイターへ
思いは実現する(65号-83号)
ネットワーク力、セルフラーニング力、エディトリアル力の必要性/内蒙古騎馬旅行/シルバ神父が日本にやってきた/子どもが自分で決めるということ/アジアから学ぶ、留学生から学ぶ/ニュースクール時代の到来
すくーるらくだへ セルフラーニングは自分探しの世界です(84号-100号)
さらなる学習効果を求めて/教育の常識と非常識/セルフラーニング(自分からすすんで学習する)はいかにして可能か/自分から遠いものと出会うこと/一枚のプリントから世界平和がみえてくる
『らくだ通信』は100号(83.12.25〜92.4.15
)まで続きましたが、私のやっていることにどのような意味があるのか具体的にわからなかったので、毎月決めた日に通信を出し続けるとどうなるかという実験を試みたのです。毎日、教室にいて、子どもたちと対応しながらフッと感じたことを文字にしたり、親御さんから聞かれたことに答えているうちに、これは他の親御さんにも伝えたい話であることが見えてきたり、主に教室のなかで生まれた情報を通信に掲載してきました。そうこうしているうちに、「セルフラーニングは一人ではできない」とか、「大人とは、自分で決めたことを自分で実現する人」「らくだ教材は、大人になるための教材」等々の表現が生まれていったのですが、いまでは「月刊」の通信だけでなく、「日刊」の通信も発行しています。
つまり、毎月ではなく、毎日書き続けて発信し続けるとどうなるかという実験を、7年前から試みた結果、それに「考現学」と名称が付き、それからというもの、一気に書く人が増え、書いたものをネットワークのなかで交換するようになっていきました。そして、それが映画監督伊勢真一氏によって『見えない学校』と命名され、彼の手によって、ドキュメンタリー映画にもなりました。昨年だけでも、全国各地で60回もの自主上映会が開かれ、この1月にははじめて海外(ドイツ)に遠征しました。また、この映画ができたことで、らくだ教育のコンセプトが「できない・わからない・考えない」であることに気づき、『月刊 見えない学校1999』(現在は、『月刊 見えない学校2000』が生まれました。
そして、『らくだ通信』を書いているときには、親と子どもとの関係で起きていたことを主に書いていましたが、『らくだ通信』以後、一年毎に体裁を替えて、毎月発行し続けた『月刊らくだ』『月刊ニュースクール』『月刊コラボレーション』には、「教えない教育」の指導者を養成するための講座で起きていたことを掲載していました。この講座は、当初、「学師養成講座」という名称だったのですが、講座の運営方法の変遷に伴って、「ニュースクール講座」「ニューボランタリー講座」「教育研究者研修セミナー」「教育療育研究セミナー」「らくだ指導者研修セミナー」と衣替えしつつ、いまでは、「らくだ教育基礎講座」という名称になっています。
また、この1月にミュンヘン(ドイツ)で、映画『見えない学校』の上映会が行われた折り、「らくだ教育は、『子どもを教えること』から教師を解放しました」と紹介されました。そして、2月17日にはニュース23(TBS)で、「学びのこころ」と題して、「教えない教育」を軸にしての特別番組(50分)が放映されることが決まっています。やってきたことに時代が追いついて、「教えない教育」が理解されるときがきたのかもしれないと、最近ではフトそんな気がしています。――再版にあたって