近代沖縄教育史の視角●目次  

メタヒストリーとしての近代沖縄教育史研究――序にかえて――

第1部 問題構成――課題と方法――

第一章 戦後教育学との結節点――課題――

1 課題・作業仮説と戦後教育学
  2 戦後教育学と沖縄

第二章 ナショナルヒストリーと「沖縄人」――方法――

1 分析概念としての「沖縄人」
  2 方法論上のモデルの検討

第2部 近代沖縄教育史研究批判――学説史と展望――

第三章 学説史の概括

1 近代沖縄教育史に関する研究
  2 日本植民地教育史に関する研究 
  3 近代沖縄社会経済史に関する研究――「旧慣温存」政策論争を中心に――

第四章 近代沖縄教育史研究批判の基礎視角――価値前提としての〈復帰運動〉〈国民教育論〉〈Nation〉――

1 本章の目的と構成
  2 沖縄における〈復帰運動〉〈国民教育論〉の生成過程
  3 〈国民教育論〉の思想的・運動論的内実――上原専禄の所論を中心に――
  4 近代沖縄教育史研究における価値前提批判

第五章 近代沖縄教育史研究の限界とその克服のために

1 本章の目的と構成
  2 作業仮説をめぐる史料及び諸論
  3 先行研究の限界
  4 先行研究の限界を克服するための研究展望

第3部 近代沖縄教育制度史

第六章 「特別の教育制度論」――政策意図――

1 本章の目的と構成
  2 近代沖縄教育制度形成をめぐる政治過程
  3 「特別の教育制度論」の検証
  4 小結

第七章 『沖縄対話』『沖縄県用尋常小学読本』の解読――教育内容――

1 本章の目的と構成
  2 近代沖縄教育制度史の展開過程
  3 会話伝習所の設立と『沖縄対話』
  4 『沖縄県用尋常小学読本』の作成過程と解読
  5 小結

第八章 「同化」の論理と教員像――運営実態(1)――

1 本章の位置、目的と構成
  2 教員像にみる台湾領有以前の「同化」の論理
  3 教員像にみる台湾領有以後の「同化」の論理
  4 小結

第九章 初等・師範教育制度における人的組織構成――運営実態(2)――

1 本章の目的と構成
  2 沖縄統治における人的組織構成
  3 近代沖縄教育制度史における人的組織構成の特質
  4 小結



 一九〇六年に沖縄師範学校を卒業した後、一九二三年に上京した比嘉春潮は、同年九月一日に発生した関東大地震から数日後の自らの実体験を、その自伝的回想録のなかで以下のように記している(比嘉春潮『沖縄の歳月』中央公論社、一九六九年)。

 幾日かたって、もう家で寝るようになったある夜半、私たちは自警団の突然の訪問に寝入りばなを叩き起こされた。出ろというから、私がまず玄関に出た。……
 「朝鮮人だろう」「ちがう」「ことばが少しちがうぞ」「それはあたりまえだ。僕は沖縄の者だから君たちの東京弁とはちがうはずじゃないか」
 押し問答をしているうちに、隣に間借りしていた上与那原という学生が出てきた。……彼も私の肩を持って、自分の知り合いの沖縄人だと弁明し、「なにをいっているんだ。日清日露のたたかいに手柄を立てた沖縄人を朝鮮人と一緒にするとはなにごとだ」といかにも彼らしくまくしたてたが、そのことばも聞かばこそ。かえって、「こいつも怪しいぞ」とおどかされてすごすごとひき下がっていった。……

 比嘉のこうした実体験の中に、近代日本に生きた〈主体〉としての沖縄人を見る際に欠かすことのできない重要な論点が含まれていると筆者は考える。それは、例えば、「ことば」の微妙な聞こえ方の差異を、おそらく大和人であろう「自警団」に指摘されたときの対処のありようである。

 「自警団」によるこうした差異の発見は、本書中での表現をもってすれば、いわば日常的な〈排除〉に相当する部分であろう。こうした〈排除〉に対して、「僕は沖縄の者だから」として、差異の発見を無効化する一方で、「日清日露のたたかいに手柄を立てた沖縄人を朝鮮人と一緒するとはなにごとだ」として、〈排除〉された〈主体〉としての沖縄人自身が、さらなる〈排除〉を作り出すことによって、既成秩序の中への自発的な〈統合〉を企てようとしている。〈排除〉に対して、自発的な――あまりに自発的な――〈統合〉で対処しているのである。

 おそらく、こうした差異の発見=〈排除〉は、近代の沖縄人をめぐって、そして、現在においても、形をかえて常にみられるものであろう。図式化してしまうならば、〈排除〉が強められれば、それに比例して、あるいはより以上に自発的な〈統合〉が企てられたのではなかったろうか。とするならば、〈主体〉のありようを描出することは、単なる補足的な歴史像の提示にとどまり得ない、すぐれて「制度」内在的な要素をもち得ると考えられるのである。例えば、こうした〈主体〉のありようを、〈主体〉自身による消極的な受容や抵抗のありようをも射程に収めつつ、緻密に描出していく作業が必要であろう。

 こうした作業は、当必然的に、近代沖縄教育史と沖縄人との関係を「誰が語るのか」という、根本的な問いを喚起せざるを得ない。近代沖縄教育史像は、〈主体〉としての沖縄人からの視点によってこそ、言葉本来の意味において最も本質的に再構成され得るものではないか。別言すれば、沖縄人からの視点を欠いたままに、近代沖縄教育史は本質的に叙述できないと考えられるのである。少なくとも疑いないことは、歴史解釈の〈客体〉とされてきた沖縄人を〈主体〉として位置付け直す作業は、解釈者自身の歴史的、社会的な立場性を自覚化することと必ず連動していなければならないということである。

 とするならば、沖縄人が幾多の感情を持って照らし出す、大和人としての自己を自らの立場性として筆者は自覚化する必要がある。この自覚は、端的には、大和(人)の沖縄(人)に対する歴史的負性そのものであると言ってよいだろう。

 だれが語るのか、そして、何のために語るのか、このことが深く深く自覚化されなければならない。
  ――あとがきより


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