藤澤健一『近代沖縄教育史の視角』

書評より

●[図書新聞 2000/7月15日号]

「筆者の歴史家としての企図は、歴史的主体形成の可能性を探索することにあった。
 本書ではそれは『歴史解釈の〈客体〉とされてきた沖縄人を〈主体〉として位置づけ直す作業』であり、それは同時に『解釈者自身の歴史的、社会的な立場性を自覚化することと必ず連動していなければならない』ということであった。実態概念化を戒めつつ模索される『エスニシティーとしての沖縄人』という分析手法は、近代沖縄教育史の研究にあってはもちろん沖縄を対象に展開されている。
 ……若い研究者のみずみずしい方法的模索と、少々荒っぽいが、対象への積極的なアプローチが印象的であった。沖縄サミットを前に、なぜこうしたイベントが出てくるのか、大和人の発想と体質を理解するうえでも、ぜひご一読をお薦めする。(尾崎ムゲン/関西大学教員)」


●[沖縄タイムス 2000/5月21日号]

「近代以降の沖縄(琉球)社会にとって『民族問題』はトラウマを生み出す要因の一つだったといっていい。現在においても、琉球人をどう考えるかということは、沖縄の抱える課題に対して、人それぞれの対処の仕方に影響を与え続けている。そして、この問題を考えるためには、近代における沖縄の教育制度や教育者のありようへの視点を避けて通ることはできないだろう。このことは、教師たちが民族問題と密接に結びついてきたことを思い起こせば、容易に理解できる。……これまでも、沖縄人という視点からの主張などがなかったわけではない。しかし、願望としての『日本人』のイデオロギー性を明らかにし、沖縄人をエスニシティとして読み直していく作業などは、現在を考える上でも求められている重要な仕事だと思う。(後田多敦/『KANA―詩と批評―』同人)」