第一章 戦後民族教育の始まり
一 民族への回帰
帰心矢の如し/ある少女の涙 /「ゼッタイハナシマセン」
二 国語講習所
戸塚ハングル学院 /「荒川二丁目」/暁の上学鐘―播州地域の場合/その他の事例
三 文化活動に関する指示
第二章 在日本朝鮮人聯盟による民族教育
一 民族教育の体系化
教育理念の確立/教育規定
二 教材編纂と出版
(一)第一段階(四五年一〇月〜四六年二月)
最初の教科書
(二)第二段階(四六年二月〜四七年一月)
初等教材編纂委員会/用紙問題/『初等国語読本(上)』/『オリニ通信』/組織を上げて
(三)第三段階(四七年一月〜四七年一〇月 )
教材編纂の本格化 /『初等国語一』
(四)第四段階(四七年一〇月〜四九年九月)
教材の統一へ/編纂委員/4「二重検閲」制 /教科書出版の妨害 /通信簿
三 教員問題
「講習班」式教師/教員の養成と再教育/大阪朝鮮師範学校/中央朝聯師範学校/在日本朝鮮人教育者同盟
四 学校作り
整備統合/校舎建設/学校・児童生徒の統計
五 東京朝鮮中学校
東京朝鮮人中学校設立期成会/開校式
六 対民族教育政策
対日政策/「一一月二〇日指令」/政治路線/GHQの対民族教育方針/「一・ニ四通達」/「適格審査」
七 四・二四阪神教育事件
朝鮮人教育対策委員会/大阪での経緯/兵庫での経緯/東京での経緯/四月二四日・神戸/「非常事態宣言」/
四月二六日・大阪/要求条項/事態の収拾/以降の運動のために/「拝啓、マッカーサー様」/「青空学校」
八 教育費獲得のために
教育費国庫負担の請願/大阪の運動/補助金交付を拒否
第三章 苦難の中で
一 同化教育の再強要
朝聯の強制解散/情報収集と「密告」/第二次学校閉鎖令
二 反対運動
岡山の「協定書」/同盟休校/日本人研究者の目/交渉と申請/少年団夜学所/教室占拠事件/
民族教室/韓宇済事件
三 民戦期の民族教育運動
「義務教育」/教育運動方針
四 形態別民族教育
(一)自主学校
無認可校/「輪番制」
(二)公立朝鮮人学校
都立朝鮮人学校/「四原則」/「二・二八及び三・七事件」/覚書・諒解事項/世論づくり
(三)公立分校
名古屋市立牧野小学校分教場 /「ソグムリ・チュンハッキョ(西今里中学校)」/日本人教師の苦悩
(四)特設学級(民族学級)
学級設置の経緯/民間教育情報局の意図/名古屋市立白水小学校/山形市立第一小学校/滋賀県の民族学級
五 最初の「朝鮮幼稚園」
六 中央朝鮮師範専門学校
設立の経緯/開校・移転/第二期教育/第三期教育・発展的閉校
第四章 朝鮮総連の結成と民族教育
一 朝鮮総連の結成
主体性の確立/教育綱領 /教育方針の確立/教育体制の整備
二 教育課程案策定の推移
初期の教育課程案/一九五六学年度の教育課程案/一九五八学年度の教育課程案
三 教育援助費・奨学金
事前の動き/朝鮮への進学運動/「生命の水」/新たなる始動/奨学・就学奨励制度の創設/組織の強化
四 帰国運動と民族教育
社会主義朝鮮への帰国運動 /第一次帰国船 /帰国生からの手紙/児童生徒の急増/臨時教員養成学校/
成人学校の盛況/模範分会創造運動/学校の新増築
五 朝鮮大学校の創立
総聯結成以前の動き /朝鮮大学校の創立/新学舎建設地探し/武蔵野の新学舎
六 「韓日条約」と民族教育
弾圧に抗して /集団的暴行事件/「できるだけ日本人なみに」/「在日外国人教育連絡会」/
文部省通達/「外国人学校制度」/民族的権利を守るために /日本人の運動/朝鮮大学校の認可のために
補章 瀬戸内の家島朝鮮初級学校
唯一の島の学校 /「全部が触った学校」
資料編
一 体験談
李殷直/金昌鉉/権又根/林光進/陳孝宣/朴鐘鳴/宋昌徒/姜佐林/陳英順
二 朝鮮学校の子どもたちの作品
三 一九四九年に閉鎖された朝鮮人学校
四 朝鮮学校数・児童生徒数の変遷(一九四六〜一九七二)
五 在日朝鮮人民族教育関係資料(一九四五・一一〜一九七〇・七)
六 年表(一九四五・八〜一九七二・六)