はじめに
[1]
人格神と自然科学
正統派の信仰/自然科学と自然科学的世界観/自然科学的世界観とは/人間はその自由で自然法則を撹乱するのではないか/自然科学は絶対的真理か/自然科学、自然科学的世界観は無神論、唯物論か/自然科学、自然科学的世界観ではキリスト教はどうなるか/神の義の支配/自由主義神学/ティリッヒの説/象徴、隠喩/まとめ
来世論
キリスト教の来世/天国と復活についてのコメント/来世の正統的解釈/ある牧師の答え/天国はどういう所か/霊的世界の記憶装置/生命の無限継続/永遠の生命/永遠における個人の存続/来世の意味/来世はどうなるか
人間的実在世界
人間社会の文化/いろいろな宗教がある/世界観は変わる
神義論について
神の無力/創造神信仰の矛盾/神の直接的自然支配がなければ/神の義と神の義の戦い
預言と予言
神の約束/預言は当たらない/事後預言/予言について/予言が当たるということ/占星術
[2]
社会宗教と非社会宗教
非社会宗教/社会宗教/非社会宗教としての仏教/社会宗教の神・人格神/人格神と創造神/旧約の律法/イエスの律法/イエスと釈迦/二種類の愛/人格神信仰における個人の戦い/仏教の救済とキリスト教/善悪は時なり/神の言
「無条件のゆるし」について
聖書的根拠/父は悪人にも善人にも太陽を昇らせ/規範がなければゆるしはない/無条件のゆるしは律法に先んずるか/無条件のゆるしは悔い改めに先んずるか/二種類のゆるし/十字架の贖罪なしのゆるし/ゆるされなければ存在しえない/無条件のゆるしは心の中のことである/再び著者の主張を/あなたは既にゆるされている/イエスの無条件のゆるし/受容ということ/神の義と無条件のゆるし/無条件のゆるしのルーツ/裁きがあるからゆるしがある/無条件のゆるしで人間はどうなるか
産めよ、増えよ、地に満ちよ
有限なる地球上での人口爆発/猿山と人工調節/人口避妊はなぜ悪か/人間が生きるための必要悪
あとがき
これは私のキリスト教研究の三冊目である。技術出身なので自然科学とキリスト教との関係がどうなるのかずっと気にかけていた。来世についても同様である。私は教会を離れるつもりがないので、なんとかつながりを残しておきたいと思っていろいろ考えたが、書いていると、考えはそれ自身の筋道に従って展開して行くので、ある所まではどうしても進んでしまう。
奇跡の問題は単に今の病気をなんとか切り抜けるということに止まらない。それを遡ってゆくと、世界を、その中の人間と世界との関わりをどう解決するかという根本問題につき当たる。人間は生物の一種として自然の中で生き、考えるのか、または自然そのものが、人間に似た人格神が創造したものであるか。後者であれば奇跡は原理的に可能なはずである。人格神の問題はキリスト教にとって根本的な問題である。
現代日本の神学者、牧師を始めとして信徒は皆自然科学の支配する文化の中で生きているわけだから、それとキリスト教信仰との矛盾を心の底のどこかで感じて毎日を過ごしているはずである。いつかそれを正面からつき合わせてみたいという誘惑にかられることがあるのではないか。
キリスト教信仰をもつということは原理的にどういう考え方を選択しているかをはっきりさせる意味はあるだろう。キリスト教はヨーロッパ社会で二〇〇〇年間支配的な思想であったのだから、長い間の蓄積があり、その中にどういうふうに分け入っていくかが難しい。人間にとって宗教とは何か、人間は何を信じているのかという疑問に答えるのが私の目標であるがなかなかそこまではまだ遠い。――まえがきより