まえがき
序 章 『汚名』について
一 よせられた感想や意見
二 体験
第一章 新日和見主義事件の契機
一 継続審議になった年齢引き下げ案
二 迅速な措置
三 査問
第二章 国際共産主義運動の干渉者
一 干渉主義から一部の干渉者へ
二 変転する国際的干渉者
三 消えた国際的干渉者
第三章 新日和見主義に冠せられた「罪科」
一「罪科」――その一
二「罪科」――その二
(一)「左」の日和見主義 (二)大衆闘争唯一論 (三)自然成長主義の党建設論 (四)個人主義的打算
三 党史的文書
第四章 新日和見主義と青年同盟論
一 党にかわる前衛組織
二 学習と総括、一般教養
三 年齢問題
四 労働組合問題
第五章 新日和見主義と学生運動論
一 大衆闘争=社会発展の原動力論
二 前マルクス主義的革命思想、テロ・リンチと学生戦線の統一
三 学生運動=軽騎兵論、労学提携論
四 大学=民主主義の砦論
五 先輩の援助論
六 学生運動史概観
第六章 アナーキズム論
一 ミニマムとマキシマム
二「反党的」出版物
三 情念論――その一
四 情念論――その二
五 未定形の情念
六 ヒトラー・ユーゲントの”研究”
第七章 人民的議会主義論
一 反議会主義は毛沢東派
二 査問と心のゆるせる仲間
第八章 新日和見主義と沖縄問題
一 いま沖縄は
二 アメリカ帝国主義論
三 本土の沖縄化、本土なみ返還論
四 沖縄協定の良い面・悪い面論、批准反対か阻止か
第九章 新日和見主義と日本軍国主義主敵論――その一
一 いまアメリカ戦略は
二 ハロラン論文
三 ニクソン・ドクトリン
四 米軍撤退論、日本肩代わり論
五 自衛隊の防衛領域の拡大とアジア進出
六 沖縄ステッピング・ストーン
七 コンピュータ・コンプレックス、ミリタリー・コンプレックス
第十章 新日和見主義と日本軍国主義主敵論――その二
一 日米帝国主義同盟論、核従属論
二 帝国主義復活論
三 いま日本帝国主義論は
四 日本軍国主義復活の諸段階をどうみるか
五 アジア安定主役論、新軍国主義論
第十一章 一九三〇年代論
一 ローゼンベルグとナチスの一撃
二 ドイツ、フランス、日本
終 章 党改革はいかに
一 廃絶すべき手法
二 なぜひどい査問をやったか
三 レーニン『国家と革命』を否定する不破論文
四 民主集中制論――『新日本共産党宣言』などから
五 民主集中制論――民主的システムの確立
六 レーニンに学ぶ――悪しき体質の清算・廃絶を
前書『汚名』(「毎日新聞社」一九九九年)は、「新日和見主義事件とはなんであったのか」を査問体験をとおして記したものだった(以後、単に事件という場合この事件をさす)。本書は、そこから一歩すすめて理論問題に焦点をあて、日本共産党がなにを新日和見主義とし、どのように批判したか、それを解明することにある。
新日和見主義事件はわかりにくい事件といわれる。その理由の一つは、党の批判が綱領上のテーマからアナーキズム論・青年同盟論・学生運動論・労働組合論・党建設論に至るまで、広い理論的・実践的問題をふくんでいるからだろう。
党中央はこの事件を、当時党の内外にあった各種の見解を批判する機会に利用する意図がなかったか。
片言隻句をよせ集め、本質論議と切りはなして非難しなかったか。
また、このような手法をとったうえ、それらを新日和見主義の「理論」として再構成しなかったか。
被処分者に意見があっても、党の決定に従ったことをいいことに「分派」の会合でなされたように扱わなかったか。
事件の特異性は、被処分者の反論が最近までなかったところに象徴される。これまでの反党分派事件とのちがいはここにある。一方、ふたばのうちにつみとった事件でありながら、党の批判文献は膨大に発表、集積された。しかし、それらは被批判者の名前も出典もあきらかにされない不思議な文献であった。となると批判されたと思われる文献を探索し、それをとおして究明するしかない。本書はそれを徹底して試みた。
一章から三章は、事件の契機と党中央のきめつけた新日和見主義の「罪科」―政治傾向を党の決議・報告、党最高幹部の発言、党史的文書から論じた。また四章から一一章は個人論文をとおして検証した。うち四章・五章・六章・七章は運動論、八章・九章・一〇章・一一章は情勢論である。序章では『汚名』出版後によせられた感想・意見、終章では日本共産党の今日的問題をとりあげた。
本書は党の決議・報告、党最高幹部の発言、個人論文などに着目し、比較・検証を試みている。章の順序にこだわらず、関心のあるところから読んでいただければありがたいと思う。引用は被引用者の事件後の政治的立場と無関係に行なった。
本書がわかりにくい事件の研究・検証にいくらかの参考になり、『汚名』とあわせ事件をみつめなおす機会になれば幸いである。
――まえがきより