世紀を越える●目次  

第1部 二〇世紀を読み直す

二〇世紀を読み直すための序説

世界戦争・国家・革命

歴史の再審に向かって――私もまたレヴィジオニストである

自由主義史観の現在――坂本多加雄の『象徴天皇制と日本の来歴』を中心に

第2部 三人の作家たち

夢、そして革命の方へ ――埴谷雄高の小説という装置

戦後思想の再読――埴谷雄高著『幻視のなかの政治』

総力戦と中野重治の「抵抗」――『斎藤茂吉ノート』一つの読み方

中野重治「わが国」「わが国びと」

中野重治「再発見」の現在

堀田善衞の世界

第3部 書物のなかの「この時代」

空洞、非同時代性、占拠 ――エルンスト・ブロッホ著『この時代の遺産』

人はなぜファシズムに魅せられたか――池田浩士著『権力を笑う表現?』

ロシア社会主義の病状診断と警告――ニコライ・ベルジャーエフほか著『道標』と『深き淵より』

スペクタクル社会に亀裂をつくるために――ギー・ドゥボール著『スペクタクル社会』

運動史研究の新しい地平 ――モスクワ秘密文書を利用した最近の研究から

文化の戦略に向かって――桑野隆著『民衆文化の記号学』

文化闘争の緊急の課題にこたえた根底的批判の書――A・ドルフマン/A・マトゥラール著『ドナルド・ダックを読む』

豊かな具体性をもつ運動論――天野恵一著『全共闘経験の現在』

責任論の一層の深化を――高橋哲哉著『戦後責任論』

認識と実践を架橋する ――柄谷行人著『倫理21』

第4部 岐れ道に立って

転機を準備したもの――ごく私的な回想から

戦時下の抵抗について――キムチョンミさんに答える

「自由主義」以後の思想的境界

チョー右派言論を読む
抗争するオルタナティブ/小林よしのりの『戦争論』を眺める/世界市場の崩壊を予言する財務官のニヒルな発言/パンク右翼のクーデタ計画を読む/世紀の終わりに天皇制論議の更なる深化を/私が右派言論を読む理由/誰がこの空洞を埋めるのか/国旗「日の丸」の消滅に向けて/象徴天皇制と「四つ巴」の現状/岐れ道に立って



 二〇世紀を人びとはどのように希望に満ちて迎えたのだっただろうか。ある人びとはいよいよ理想としての社会主義が実現する時代の到来を夢み、ある人びとは極東の島国の一角で文明開化の世の幕開きを祝った。そして百年後の私たちは、社会主義「体制」の廃墟と文明開化の腐臭のなかに佇んでいる。あたかも戦争も革命もなかったかのように、あるいは、それらはいまや有り得ぬ昔語りであるかのような装いをして、「戦争と革命の時代」と呼ばれた二〇世紀は立ち去ろうとしている。

 二〇世紀は幻滅の時代として幕を閉じたのだろうか。たしかにそのように見ることもできる。科学技術の進歩はついに核兵器を生みだし、経済活動の成長は地球環境の崩壊の危機にまで到達した。人びとは大量消費へとかりたてるマス・メディアの動員の前に翻弄されている。口を開けば国家・国民のためと叫ぶ利権政治屋が国の命運をきめる。人びとは孔子さまの「巧言令色鮮し仁」という警告を忘れて久しい。そして、一時は人類の希望でさえあった社会主義の実態は、それが希望であった分だけよけいに人びとを幻滅におとしいれた。

 二〇世紀を二〇世紀たらしめたものは何だったろうか。それはいくつかのキーワードとして表現できるが、そのひとつが「総動員」であったことは間違いない。それを私たちは戦中にかぎらずいまもしたたかに経験しつつある。この総動員を可能にしたのは技術なかんずくマスメディアの発達である。動員されるのはあたらしく登場した「大衆」だ。いやむしろマスメディアによって造られた大衆と言った方がいい。メディアこそ総動員の最大の武器だったことは、「労働者・農民」という大衆に依拠しようとしたレーニンにとっても、「民族・国民」という大衆に依拠しようとしたヒトラーにとってもおなじである。

 二〇世紀とは、多種多様な自称「前衛」が、大衆を自分の方に総動員するためにしのぎを削った時代であった。つまり宣伝の技術が支配の技術の中心を占める時代であった。ではどうして、大衆は巧言令色によって動員されてしまうのか。なんと言ってもそれは不安によってである。その不安を何者かに代表=表象してもらいたいという願望からである。ところが政党代表制を根幹とする議会制によっては、この願望はつねに裏切られる。なぜなら階級という姿をとらない大衆のアモルフな「不安」は、とうてい政党によっては表象できないからだ。

 このような「技術」「大衆」そして「政党代表制の崩壊」という二〇世紀を文字どおり危機の時代たらしめ、その克服のための多様な「近代の超克論」とその試みをうみだした条件は、しかしながら第二次世界大戦とそれにつづく戦後の冷戦のなかで一時的に凍結された。冷戦構造の崩壊は、国家の統合力すなわち動員力を急速に低下させた。国家自体が国民国家の枠組みから流出しはじめた。この結果としてあたかも二〇世紀の初頭に世界をおおった危機が、ふたたび解凍され露出しはじめたようにみえる。たしかにそれはふたたび息をふきかえした。しかしかつての繰り返しではない。核兵器の存在は戦争を宙吊りにし、ファシズムへの道にはアウシュヴィッツの記憶がいぜんとして立っており、ベルリンの壁を叩き割る民衆の映像は革命の前にまだなまなましい。繰り返すことはできないし許されない。とすれば、この袋小路のような状況のなかでなにをなすべきだろうか。

 希望はどこかにあるのだろうかという問いにたいして、私は、それは二〇世紀の経験のなかにあると答えたい。しかしそれこそがわれわれを幻滅につきおとした元凶ではないかと人は反論するだろう。その通りだ。しかしその経験を深く、さらに深く分析し研究し、もしかしたら有りえたかもしれない他の可能性、つまりもう一つの二〇世紀を発見したとき、幻滅はあたらしい希望となってわれわれのなかに生きるだろう。未来は過去を通してしかその姿を現さないというのが私の持論である。

「洞察的な真にオーソドックスな幻滅もまた、希望に属している」というエルンスト・ブロッホの言葉を、私は自分自身の座右の銘としていままでに百回も引用してきた。そしていま、二一世紀の入り口で百一回目の引用をしたいと思う。

 かつて、「死者はつねに見捨てられた歴史の彼方で、生者を呼んでいるのです。彼は生者に向って、ぐれーつ、と呼びかけているのです」と書いた埴谷雄高は、二〇世紀も半ばをすぎたころ、「今世紀は死者の意味を問う最後の世紀になった」とも言っていた。しかしその予測に反して私たちは、依然として、そしてますます深く、死者の意味を問いつづけながら二一世紀への扉をくぐらなければならないところに佇んでいる。二〇世紀の課題が未解決のままに残されたのなら、その解決をはばんだ原因の究明をも含めて、私たちはそのすべてを二一世紀に担っていかなければならないのである。

    ――まえがきより

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