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シリーズ・花岡事件の人たち
第一集 強制連行

野添憲治
Series:People of Hanaoka Incident
Kenji Nozoe


花岡事件は、敗戦直前の1945年6月末に秋田県花岡鉱山で起きた中国人強制連行者による蜂起事件。
蜂起は鎮圧こそされますが、それを引き起こした悲惨な実態が明るみに出るのは後のこと。
戦争責任の問題をかかえ、二〇〇〇年に裁判が和解するまで禍根を残します。
強制連行された人々がいかに酷使され虐待されたか。
蜂起までの過程とその後の経過。
指導者だった耿諄(こうじゅん)をはじめ、日本に残った元連行者たち、それに当時の事件を身近にみた日本人たちからの聞き書きを記録する本シリーズは、
これからも歴史的証言として残さなければなりません。


2007年12月13日

A5判上製★368頁★4300円+税
ISBN978-4-7845-0571-5
C0030

●概説・日本の中国侵略と花岡事件 
花岡鉱山の発展
時代背景
労工狩りと収容所  
連行過程
強制労働の実状
さらなる連行の犠牲者  
花岡事件起こる
敗戦後の過程
大館市での慰霊式と鹿島建設への公開書簡
「和解」の認識
近年の動向 

●版画 「秋田物語」ノート(1) 

●第一部 花岡事件の人たち 
はじめに 
中国人強制連行とは 
中国から花岡鉱山へ 
過酷な労働の中で 
蜂起する中国人 
戦後の日本で生きる 
花岡事件から引き継ぐもの 
付記・
付記・ 

●第二部 花岡事件を見た二〇人の証言(前編) 
付記 証言集について 
・ンゴーラ!  鹿島組の通訳として 津志田均の証言 
・ウジと栄養失調の中で  中国人の看護にあたる 内藤イトの証言 
・クーニャンをよこせ  救護班として花岡へ 立山正子の証言 
・アメリカの事件調査  進駐軍先遣隊渉外係として 岩井幸一の証言 
・帰国できなかった陳さん  中国人を看護した日赤生徒 大友冨美の証言 
・花岡鉱山の中国人を診察 医師として  高橋実の証言 
・中山寮の事務員  ダムの底に沈んだ中山寮 越後谷義男の証言
・裸足で働かされた中国人  なんであんなに中国人を叩くのか 小山内キミの証言 
・サイレンが鳴り半鐘が叩かれる  忘れらないその夜のこと 成田アグリの証言 
・ごまかしの食料  鹿島組の事務員として 石川サダの証言 

・第一集あとがき 
・【花岡事件 関連年表】 
・索引 


野添憲治(のぞえ・けんじ)

1935年秋田県藤琴村(現・藤里町)に生まれる。新制中学を卒業後、山林や土木の出稼ぎを7年、国有林の作業員を8年の後、能代市に転住。大館 職業訓練所(自動車整備科)を修了後、木材業界紙記者、秋田放送ラジオキャスター、秋田経済法科大学講師(非常勤)などを経て、著述活動に入る。
著書に『出稼ぎ 少年伐採夫の記録』(三省堂新書)、『開拓農民の記録』(NHKブックス)、『花岡事件の人たち』(社会思想社・現代教養文 庫)、『秋田杉を運んだ人たち』(御茶の水書房)、『花岡事件と中国人』(三一書房)、『秋田県における朝鮮人強制連行』(社会評論社)ほか多数。中国語 に翻訳され、中国で3冊が出版されている。『塩っぱい河をわたる』(福音館書店)で第42回産経児童出版文化賞を受賞。 第T期著作集「みちのく・民の語り」(全6巻、社会評論社)がある。


書評


[北羽新報2008年2月24日]
衝撃を受けたのは、日朝の人達の「秋田県朝鮮人強制連行真相調査団」が、国や県が自ら処分してしまった資料の残り滓から事実を丁寧に、かつ、公平に掘り出したことである。それと、鉱山で働いていた当の朝鮮人の人人の、淡淡とした語りを聞き書きで記録したことである。そこには人道をあまりにかけ離れた日本人による支配の凄みや、落磐、飢え、病、死と、目を背けたら、歴史の真実が消滅してしまうことへの真摯な態度がこもっている。

[北羽新報2007年12月14日]
花岡事件に関する一連の著作をまとめたシリーズ・花岡事件の人たち第1集「強制連行」は、「花岡事件の人たち」と「花岡事件を見た二〇人の証言」の2部構成。期間の同名の著書をベースとしているほか、冒頭の「概説・日本の中国侵略と花岡事件」は「中国人強制連行・花岡事件関係文献目録(増補版)」(能代文化出版社刊)に加筆している。また、花岡での中国人虐待の実態を版画で描いた「花岡ものがたり」の原本とされる「秋田物語―花岡を忘れるな」(ノート)から版画と添え書きの写真が収録されている。

[世界へ未来へ 9条連2007年11月20日]
「極めて現代的意味の大きい記録」と、9条連代表の常石敬一さんも推薦している。

[毎日新聞秋田版2007年11月22日]
野添さんによると、花岡事件から62年を迎え、関係資料も限られてきたうえ、死亡する関係者も多くなり、事件の調査が困難となりつつある。今回の著作集の出版に向け、事件の全体像をより明らかにするため、大幅に加筆したのに加え、中国人の過酷な労働の実態などを描いた版画集「花岡ものがたり」に使われた版画の貴重な原画も各週に10枚ずつ収録する。

[北鹿新聞2007年11月25日]
野添憲治氏は、花岡事件に少しでもかかわった人と実態を見聞してきた人を訪ね歩いては「聞き書き」をし、中国人との接触もはかったりして花岡事件のなんたるかの「真実の検証」に粘りづよくあたってこられた。花岡事件と言っただけで禁句ともいえるほどいやがられた「検証への足がかりの苦労」は並大抵のものでなく、筆舌につくしがたい血をなめるような思いをしただろうと私は推察している。

[秋田魁新報11月22日]
「約四千人の遺骨が今でも日本に残っている。中国には遺族がいるはず。同じ人間だから、日本で死んだ家族の事を知りたいのは当然。調べて教えてあげたい」。日本人とか中国人という前に「同じ人間」だという感性。野添さんが何げなく自然に口にした言葉が心に残った。


[出版ニュース2008年1月]
著者は花岡事件の取材を続けて45年になるという。その原点は著者もこの事件に加担したという自覚からであった。当時国民学校5年生の時、〈戦争末期にわたしの村に来た二人の中国人は、花岡事件で逃げた人たちだと気がついた。先生に引率されて行ったとはいえ、その二人にツバを吐きつけ、砂をなげたうえで何度も罵声を叫んだのだ―〉



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●開設 1998年12月31日
 ●最終更新日 2007年12月17日