資本主義の新たな危機の時代を読み解く。
宇野理論と欧米マルクス派を架橋する、経済学の理論研究と現状分析の集大成。



第1巻 現代のマルクス経済学 解題=小幡道昭(東京大学) 第4回配本 2010年6月刊
第2巻 価値と資本の理論 解題=青才高志(信州大学) 第5回配本 2010年8月刊
第3巻 信用と恐慌 解題=宮沢和敏(広島大学) 第1回配本 2009年9月刊
第4巻 逆流する資本主義 解題=大黒弘慈(京都大学) 第2回配本 2010年2月刊
第5巻 日本資本主義の岐路 解題=田中英明(滋賀大学) 第3回配本 2010年4月刊
第6巻 市場経済と社会主義 解題=西部忠(北海道大学) 第6回配本 2010年10月刊
各巻に著者の序と追加論文を付す。A5判上製/各巻定価=本体5,400 円+ 税

  

著作集刊行にあたって

サブプライムから世界恐慌へ、世界経済が崩れ、日本にも生活難の津波がおしよせている。資本主義経済は、現代的様相のもとに内部から深刻な不安定性と矛盾を露呈して、100 年に一度といわれる大きな危機と転機時代をむかえている。それは地震
や戦争のような経済システム外部からの打撃によるものではない。新自由主義のもとで、競争的で自由な市場経済にもとづく資本主義経済の作動を、社会的制御から解放した結果、そこに内在する根本的な弱点が露呈されているとみてよい。

 大規模な経済危機が人びとに多大な損失と不安を与えているなかで、経済学はその本来の役割を十分に果たしえているであろうか。むしろ、経済学はかつてのスケールの大きな輝きを失い、社会的威信を低下させ、学問として深い危機にあるように思われてならない。それは、アメリカの制度化された新古典派経済学が世界的に「主流派」経済学として支配的な地位を占め、新自由主義の基礎とされて、競争的市場原理を絶対視する狭い視野の内部で、数理的なモデル形成の技術的洗練性を競いつつ、概して断片的で局所的なテーマに専門化する傾向をもたらしていることに由来するところが大きい。実際、競争的で自由な市場こそ合理的で効率的な経済秩序を実現するのであれば、新自由主義の方向での規制の緩和・撤廃、公企業の民営化などの「改革」を推奨しつつ、局所的な経済主体の断片的分析に経済学の課題は限定されがちとなる。しかしそれは、資本主義市場経済をめぐる経済学の批判的知性の伝統の魅力を封殺する自滅的営為にすらみえる。経済学のとくに理論分野から、学生の選択が離れ、ビジネス、ファイナンス分野などに吸収される傾向が世界的にも顕著であり、フランスやイギリスの大学院生からは経済学の多様な接近へのカリキュラム改革の要求が提出されている。それもうなずけるところである。マルクスの『資本論』にもとづく経済学は、こうした新古典派経済学に対峙し、資本主義市場経済の運動の論理をその歴史的特性と内的矛盾とあわせて体系的に解明する、批判的社会科学としての経済学の魅力的発展の流れを形成してきている。それは、資本主義市場経済の秩序に根本的に保守的な新古典派経済学と異なり、その秩序のもとで疎外され、苦難と不安をまぬがれない多くの働く人びとの自己解放にむけて、資本主義の組み換えや変革への理論的、現実的可能性の基礎を学問的に提供するラディカル(根源的)な課題を内包している。

 しかし、新自由主義のもとで、そのようなマルクス経済学の発展にも重大な危機が訪れていた。マルクスによる社会主義を実現しつつあると多くの人びとに信じられていたソ連型社会が、深刻な経済停滞と非民主的抑圧体制のもとでゆきづまり、変革と解体を経て資本主義化される。それによって世界の世論は、社会主義に期待する時代は終わり、新自由主義の勝利が確証されたとみなしがちであった。それは、マルクス学派にも重圧を加え、その研究者の多くにも閉塞感、混迷感を与えざるをえなかった。新古典派経済学とのラディカルな対峙線も不鮮明となり、その直接間接の影響をうけて、マルクス学派の研究もまた事実上資本主義市場経済の秩序を前提に、その局所的、断片的な専門テーマに細分化される傾向がないではない。この著作集は、こうした傾向を憂え、資本主義経済の大きな危機に直面して、マルクス経済学に本来のラディカルな批判的研究の魅力と活力の日本における再生・発展を期待しつつ、企画され刊行される。

 ここに集められた著作の多くは、1970 年代に始まる欧米マルクス経済学のルネッサンスの展開のなかで提起され、問いかけられていた諸問題をめぐり、日本におけるマルクス経済学の研究の成果をふまえ、検討をすすめ、欧米マルクス学派との交流と協力を願い執筆した6冊の英文での著書と重なりあうテーマと内容となっている。同時に日本の研究仲間や一般読者に、欧米マルクス学派の現代的な問題関心やその研究動向を伝えたいという意図を込めて執筆された論考が、主たる内容となっている。

 著作集の刊行にあたってふりかえってみると、私の研究は、社会科学の分野で日本が世界に誇れる宇野弘蔵の独創的なマルクス経済学の発展の試みを、戦後の宇野学派の興隆期に優れた師匠、先輩、利が確証されたとみなしがちであった。それは、マルクス学派にも重圧を加え、その研究者の多くにも閉塞感、混迷感を与えざるをえなかった。新古典派経済学とのラディカルな対峙線も不鮮明となり、その直接間接の影響をうけて、マルクス学派の研究もまた事実上資本主義市場経済の秩序を前提に、その局所的、断片的な専門テーマに細分化される傾向がないではない。この著作集は、こうした傾向を憂え、資本主義経済の大きな危機に直面して、マルクス経済学に本来のラディカルな批判的研究の魅力と活力の日本における再生・発展を期待しつつ、企画され刊行される。

 ここに集められた著作の多くは、1970 年代に始まる欧米マルクス経済学のルネッサンスの展開のなかで提起され、問いかけられていた諸問題をめぐり、日本におけるマルクス経済学の研究の成果をふまえ、検討をすすめ、欧米マルクス学派との交流と協力を願い執筆した6冊の英文での著書と重なりあうテーマと内容となっている。同時に日本の研究仲間や一般読者に、欧米マルクス学派の現代的な問題関心やその研究動向を伝えたいという意図を込めて執筆された論考が、主たる内容となっている。

 著作集の刊行にあたってふりかえってみると、私の研究は、社会科学の分野で日本が世界に誇れる宇野弘蔵の独創的なマルクス経済学の発展の試みを、戦後の宇野学派の興隆期に優れた師匠、先輩、友人、学生たちに恵まれて吸収し、それをつねに頼りになる母港として展開されている。ついで1974年の在外研究のおりに欧米マルクス学派の新たな興隆に遭遇して、その熱気のなかで宇野理論と欧米マルクス学派とを架橋する試みをすすめ、新たな現代的挑戦課題にくりかえしとりくむこととなった。

 その過程で、宇野理論にもとづき、価値論における転形問題や社会主義経済計算論争のように、非マルクス学派からのマルクス批判にどう応えるか、欧米マルクス学派の関心にそくして、研究と思索を深めなければならなかったところも少なくない。価値論と恐慌論とを両輪とするマルクス経済学の基礎理論の現代的発展をすすめつつ、宇野理論によるマルクス経済学が、現代の資本主義世界とそのなかでの日本経済に生じている危機と再編の反復にどのような考察を加えうるか、これも欧米の仲間との協力関係のなかで問われる問題であった。さらにソ連解体や中国経済の改革開放のなかで、社会主義の過去と未来を理論と現実にわたりどう総括するかも、現代のマルクス経済学にとって最大級の緊要な課題であった。

宇野は、マルクスの時代以後、資本主義は世界史的に純粋の資本主義社会を実現する傾向を鈍化、反転して、帝国主義の段階に入り、第一次世界戦争の危機を介して社会主義がソ連をはじめ拡大してゆく移行期に入ったとみていた。そこで、現代世界の現状分析には、こうした観点から、資本主義の原理を考察基準としつつ、帝国主義論を一環とする資本主義の発展段階論を介し、資本主義の原理からみれば不純な農民層や労働者運動にたいする保護や抑圧をふくむ対内政策や対外政策の役割を重視しなければならないと示唆していた。しかし私としては、欧米マルクス学派との協力関係のなかで、一方で宇野理論の意義をくりかえし強調しつつ、他方で『資本論』のような資本主義の基礎理論がむしろ現代の世界と日本をつうずる基本的争点の理解に、直接的に重要な意義を有しているのではないか、という思いをしだいに深めてゆくこととなった。それは価値論と恐慌論の補整・展開の試みにさいしても、また現代の資本主義が高度成長期から低成長期に転換する動態や、その後の新自由主義の歴史的意義の批判的検討にさいしても、さらには現代の社会主義の再考についても一貫した基調音としてこの著作集に流れている問題意識をなしている。

 それはおそらく宇野の資本主義の純化・不純化論による方法論には抵触する。しかし、宇野理論によって『資本論』の経済学を現代に活かそうとするこの著作集での試みは、資本主義世界が大きな危機に直面している現在、それにふさわしい大きな視野で経済学の役割を再考し、希望の原理への学問的基礎をあらためて探索しなおそうとする広い分野の批判的知性の営みに多少とも資するところがあるのではないか。それをひそかに期してもいる。歴史の未来のために。

伊藤誠(いとう まこと)
国士舘大学大学院グローバルアジア研究科教授。1936 年生まれ。1964 年東京大学大学院修了。東京大学経済学部教授、國學院大學経済学部教授を経て現職。この間、ニューヨーク大学、ロンドン大学、シドニー大学、グリニッチ大学、上海財経大学などの客員教員として講義。日本学士院会員。



The Collected Works of Makoto Itoh

(in Japanese, for Shakai Hyron-sha,Tokyo. 6 volumes to be published in 2009)

Comment by Robert Rowthorn,

 Professor of Economics,

University of Cambridge

Professor Makhoto Itoh is the foremost Marxian economist of his age.  Originally a follower of Kozo Uno, Professor Itoh has spent more than forty years developing his own version of Marxian theory and applying this theory to contemporary problems, such as globalisation, development and socialism.  Unlike most Japanese Marxian economists, Professor Itoh has enjoyed extensive interchange with scholars in other countries, especially the United States and the United Kingdom.  He has also deepened his understanding by reading and learning from non-Marxian writings on topics such as value theory and calculation in a socialist economy. The fruits of Professor Itoh’s labours are contained in this six volume collection.  The collection contains all of his major works, from his 1973 book, Credit and Crisis, which is based on his doctoral dissertation, through to his 2000 book, The Japanese Economy Reconsidered. There is extensive material from Professor Itoh’s  various books, together with a considerable amount of additional material in the form of articles that never appeared out in book form.

The first volume of this collection contains a unique and valuable survey of modern Marxian economic thought, including extensive material on the renaissance of Marxian thinking in Western countries from the 1960s onwards. The next two volumes present an impressive and unified Marxian analysis of many different features of the capitalist economy including money, credit, value, capital and crisis. To my knowledge, no other modern Marxian has attempted such a bold synthesis. Three further volumes are devoted primarily to empirical topics. They contain comparatively recent material and present insightful analyses of socialism, world capitalism and the Japanese economy. Like Karl Marx before him, Professor Itoh understands that capitalism is a dynamic and contradictory system. It brings prosperity to some, but poverty and insecurity to others.  The outcome is not determined simply by the blind logic of the market, but depends also on conflict and struggle, and on the role of the state as a promoter of economic development and potential protector of popular interests. In analysing socialism, Professor Itoh is realistic about its contemporary failings, but he is optimistic about the future potential of some form of socialism, be it market socialism or a planned economy.  The present state of affairs is not the end of history.

This is an important collection.  I congratulate Professor Itoh for bringing this diverse material together and Shakai Hyron-sha for agreeing to publish it.

伊藤誠著作集について

ケンブリッジ大学経済学部教授 ボブ・ローソン

 伊藤誠教授は、その世代における最も重要なマルクス経済学者である。

 宇野弘蔵門下として出発した伊藤教授は、40年あまりをついやして自らのマルクス理論を発展させ、それをグローバリゼーション、経済発展、さらには社会主義といった現代的諸問題に適用することにつとめてきた。日本における多くのマルクス経済学者と異なり、伊藤教授は、海外諸国、とくにアメリカおよびイギリスの研究者たちと広範な交流を続けてきた。また、価値論や社会主義経済計算論争などのテーマについては、非マルクス学派の著作をも広く読み、学ぶことをつうじて、自らの理解を深めてきている。

 そうした伊藤教授の努力の成果が、この6巻の著作集に収められた。それは、博士論文にもとづく1973年の著書『信用と恐慌』から、2000年の著書『日本経済を考え直す』にいたる主要著作を網羅するものである。そこにはまた、伊藤教授の多彩な著書とあわせ、これまで著書の形では公刊されていない論文も収録されている。

 著作集の第一巻では、1960年代以降の西欧諸国におけるマルクス・ルネッサンスについての広い考察をふくむ、現代のマルクス経済学をめぐる独自の貴重な概説が展開されている。これに続く第二、第三巻は、貨幣、信用、価値、資本、恐慌など、資本主義経済の多様な特性について、マルクス学派としての印象的で統合的な分析をおこなっている。わたくしの知るかぎり、このような力強い理論的統合を試みたものは、現代のマルクス学派のなかでほかにはいない。

 それに続く三つの巻は、主として現実的・実証的テーマにあてられている。そこには比較的最近の著作が収められ、社会主義、世界経済および日本経済についての洞察に富む分析が示されている。先駆者カール・マルクスと同じく、伊藤教授も、資本主義はダイナミックで矛盾した体制であると理解する。その体制は、あるものには繁栄をもたらし、他のものには貧困と不安定をもたらす。その成りゆきは、たんに無政府的な市場の論理のみにより導かれているわけではなく、抗争や闘争、さらには経済発展の促進者であると同時に潜在的には大衆の利害をも保護しうる国家の役割にも依存しているのである。

社会主義の分析にさいしては、伊藤教授は、現代社会主義の挫折については現実的にこれを論じつつ、これから展開されうる社会主義の未来形態については、市場社会主義にせよ計画経済にせよ、期待に満ちた眼差しを向けている。現在の事態は歴史の終わりではないのである。

 これは重要な著作集である。こうした多彩な文献をまとめ上げた伊藤教授と、その出版に賛同した社会評論社とに祝意を表したい。