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思想 【人と歴史】

日録・大杉栄伝

日録・大杉栄伝

大杉豊

価格: 4200円+税
発行日: 2009年9月10日
版型: A5判上製
ページ数: 532
ISBNコード: ISBN978-4-7845-0586-9
Cコード: C0030
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詳細内容

鮮烈に、時代を拓こうと闘った男たち、女たち。明治から大正へ。反戦・非軍備主義の提唱、赤旗事件、文学者との交流、自由恋愛、労働運動に求めた社会革命の道、アジアの革命家との連帯、フランスでの活動、関東大震災直後の虐殺まで。

大杉栄の甥にあたる著者が、関連史料を渉猟し、多くの新資料を加えて日々の行動をあとづけた。大杉栄の詳細な人生の航跡。

【目次】

1●「自由な空」への憧憬
  初代も非業の死
  幼年学校仏語組
  喧嘩両成敗で退学
  外国語学校で特進
  平民社学校の日々
  名古屋での初陣
  徴兵を忌避
  社会主義運動へ
  電車事件で初入獄
  火をつけ口説く

2●反逆、そして監獄人
  エスペラント語学校
  『家庭雑誌』を発行
  「新兵諸君に与ふ」が起訴
  直接行動派の陣
  「青年に訴ふ」も起訴
  巣鴨監獄の日課
  アジア同志との交流
  屋上演説事件
  田中正造の地元へ
  中国人にエスペラント語
  「赤旗事件」の二年半
  保子の奮闘
  大逆事件の獄中者
  遺体引取り
  「春三月縊り残され……」
  大石誠之助の洋服
  馬場先生の書斎

3●『近代思想』からの出発
  「時機は自らつくるべきだ」
  ベルギー副領事と
  近代思想小集の珍説
  秋田監獄の面会
  啄木一周忌の注目
  サンジカリズム研究会
  晩餐会の笑い声
  日蔭茶屋で仕事初め
  平出修に小魚を
  気炎万丈「与太の会」
  「おい。大杉の馬鹿……」
  「本当の女友」伊藤野枝
  没収された『平民新聞』
  野枝を再訪
  取材に来た神近市子
  平民講演会への発展
  抗議のデモ行進

4●「日蔭茶屋」の苦水
  密告者がいるらしい
  フランス語の生徒たち
  天皇に弓を引く
  連続する発禁処分
  淡い恋に戯れて
  著作家協会を提唱
  荒畑との隔絶
  観月亭の検束
  「別居だけ承知してくれ」
  新潮社主の絶交状
  辻潤と別れる野枝
  囂々たる非難
  転がりこんだ野枝
  後藤新平に直談判
  日蔭茶屋事件
  泥水の谷中村
  貧乏と孤立と
  名前は魔子だ
  
5●立ち上がる労働運動
  『文明批評』で再起
  和田・久板との共同
  同志例会を復活
  とんだ木賃宿事件
  倒される機関
  無料の『労働新聞』
  米騒動の現場
  北風会と合同
  自宅が丸焼け
  労働者相談所
  浅草でペラゴロに
  「演説会もらい」始動
  京浜の同志集会
  著作家組合の大会
  川崎屋の演説会
  済んだはずの事件
  検事論告に起立せず
  
6●勇躍、実際運動へ
  本物は絵より危険だぜ
  実際運動への前進
  労働運動の道しるべ
  印刷工の争議支援
  東海労働者大会
  早稲田の学内集会
  巡査殴打事件で収監
  討論的演説の試み
  関西の活動家集会
  メーデーの検束
  富士紡罷工の支援
  社会主義同盟の発起
  コミンテルンの密使
  極東社会主義者会議
  大会参加者の意気

7●アナ・ボル共同と対立
  留学生ナショナリストへ
  アナ・ボル共同の誌面
  生死の程は覚束ない
  代表派遣の陰謀
  B・ラッセルと面談
  昆虫に熱中した日々
  東屋の文士たち
  仙台での検束
  三度目の『労働運動』
  八幡での演説記録
  宣伝用パンフがヒット
  コズロフとの別れ
  自由労働者同盟
  総連合創立ならず
  よく書き、動き、語り

8●連帯へ、日本脱出
  総同盟・ボル批判
  国際アナキスト大会へ
  日本脱出、上海へ
  マルセイユへの船
  リヨンの同志たち
  モンマルトルの夜
  警察本部へ日参
  メーデー集会の演説
  ラ・サンテ刑務所
  追放、帰国の途へ
  歓呼の東京駅
  連夜の組合集会
  老練刑事の監視
  自由連合同盟の企図
  被災二家族を収容
  虐殺
  
付 没後

  捜索願
  告別の集い
  軍法会議の筋書き
  遺骨なしの葬儀
  和田・村木の復讐
  『大杉栄全集』刊行
  「犬共ニ虐殺サル」
  『死因鑑定書』発見


  大杉栄・主要参考文献
  人名索引

著者略歴

大杉豊
1939年、横浜市生まれ。東京都立大学社会学科卒業。東京放送(TBS)入社。調査、営業、編成各部門を経て99年退職。東放学園専門学校・常磐大学国際学部非常勤講師、柏自主夜間中学スタッフ。
共著に『日本の視聴者・続』(誠文堂新光社)、『放送広告の効果・続』(ダイヤモンド社)など。

書評

[図書新聞 2010/4/24]

大杉の研究書としても、かつてない細密で豊富なものだ。やはり、事実をして語らしめることの力強さを感じる。どうしても虐殺から孤高で激越な革命家へと筆を滑らしがちな大杉の評伝を、抑制をもった筆致と優しい眼差しで見つめている。「身内に繋がる者の役割」というブレのない視点が書かせたのかもしれない。これまでの大杉研究書や論文の集大成といった色合いもある。

鈴木義昭

[朝日新聞 2010/3/20]

豊さんが注目してほしいポイントの一つは、「日本著作権家協会」だという。
1916年(大正5)年に与謝野晶子、山路愛山、武者小路実篤らを評議員として結成された組織である。そのころ次々と発禁処分を受けていた大杉が、文士たちと組んで言論弾圧に対抗するために作ったものだった。協会の活動は後に、印刷工組合の労働争議などを支援する「著作家組合」へと継承された。
「大杉は人を引きつける魅力があり、実践を通して多くの労働運動家を育てました。思想家としての大杉を論じた本は数多くあるけれど、労働運動へのかかわりは、まだ十分に解明されていないと思います。この本がもとになって、さらに研究が進めばいい」。

[週刊朝日 2010/1/1]

弟・勇は震災と、兄と帰路を共にしなかったことで、二度、生き延びた。16年後、息子をもうける。その子供は長じてTBSに入社、1999年、退職。それから10年後、2009年秋、齢七十にして『日録・大杉栄伝』を出版した。そう、同書の編著者・大杉豊である。虐殺された宗一とは別の、もう一人の大杉栄その人の甥っ子だった!

[新潟新報 2009/11/1]

この本はタイトル通り、大杉の生誕から虐殺されるまでの日々を、彼の著書はもちろん、当時の新聞、雑誌記事から、特高刑事の報告もふくめて、あらゆる関係者の資料から博引旁証、大杉の足跡を再現したものである。このこだわり方は並大抵のものではない。
というのには、著者が大杉の弟の子ども(甥)ということが深く関わっている。おなじ甥でも、大杉の妹の子どもが彼と同時に虐殺された宗一だから、著者と宗一とは従兄弟同士、という関係になる。著者はテレビ局を定年退職したあと、10年もの歳月をかけて、この本を世に送り出した。いわば生まれるべくして生まれた、執念の書である。

鎌田慧

[新潟日報 2009/11/1]

大杉の実像を彫像するために、多面的に照射されているだけではない、同時代の無政府主義社などの革命家、小説家や画家やジャーナリストたちとの交流の記録によって、「冬の時代」における知識人たちの動静もまた、よく見えてくる。

[朝日新聞千葉版 2009/10/4]

同志の動きや、当時の文壇や記者らとのさまざまな交流も確認し、巻末の人名索引には千人以上の名が挙がる。
未発表の書簡のほか、中学時代の成績表、徴兵猶予のために籍を置いたとされる明治大学の学籍簿など新たな資料を提示した。

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