トップ > 図書目録 > 思想 【哲学・社会学・思想史】 > 書籍詳細 : K・A・ウィットフォーゲルの東洋的社会論

図書目録

思想 【哲学・社会学・思想史】

K・A・ウィットフォーゲルの東洋的社会論

K・A・ウィットフォーゲルの東洋的社会論

石井知章

価格: 2800円+税
発行日: 2008年4月22日
版型: 四六判
ページ数:
ISBNコード: ISBN978-4-7845-0879-2
Cコード: C0030
購入する
詳細内容

帝国主義支配の「正当化」論、あるいはオリエンタリズムとして今なお厳しい批判のまなざしにさらされているウィットフォーゲルのテキストに内在しつつ、その思想的・現在的な意義を再審する。(2008・4)

【目次】

序章●いまなぜウィットフォーゲルの「東洋的社会論」 なのか? 9

1 「アジア的復古」の発見………9
2 マルクスのアジア社会論とオリエンタリズム批判………17
3 アジア的停滞論と帝国主義の正当化問題………22
4 戦時期マルクス主義とアジア的生産様式論………26
5 本書の目的………31

第Ⅰ部●ウィットフォーゲルと「東洋的社会」

第1章●東洋的社会における「第二の自然」 40

はじめに………40
1 労働と自然………43
2 地理的唯物論批判………45
3 生産様式と自然………48
4 「第二の自然」の発見………51
5 水力と権力………53
おわりに………58

第2章●東洋的社会における国家と社会 70

はじめに………70
1 水力社会と労働力の組織化………74
2 水力社会と水力国家………80
3 水力社会と村落共同体………90
おわりに………99

第3章●東洋的専制主義の位相 116

はじめに………116
1 東洋的専制主義の自然的基礎………120
      (1)自然と社会/120
      (2)「第二の自然」の発見/122
      (3)水力と権力/123
2 東洋的専制主義の社会的基礎………126
      (1)水治から国治へ/127
      (2)社会よりも強力な国家/128
      (3)村落共同体/133
3 東洋的専制主義の支配原理………136
      (1) 恐怖と専制権力/136
      (2)所有と専制権力/140
      (3)自由と専制権力/144
おわりに………148

第4章●東洋的社会における市民社会の展望 中国の郷紳とギルドをめぐって 164

はじめに………164
1 中国の村落共同体と郷紳………166
2 S・N・アイゼンシュタットによるウィットフォーゲル批判………169
3 中国のギルドとその非政治性をめぐる再検討………174
おわりに………184

第Ⅱ部●「東洋的社会」 としての中国・北朝鮮

第5章●ウィットフォーゲルと中国問題 198

はじめに………198
1 毛沢東時代と「アジア的」なものをめぐる理論と実際………201
2 鄧小平時代と「アジア的」なものをめぐる理論と実際………208
3 民主化運動の進展と「ブルジョア自由化反対」………215
4 趙紫陽の「社会主義初級段階」論と東洋的専制主義………217
5 『河殤』問題と東洋的専制主義………221
6 天安門事件と東洋的専制主義の再現………226
7 劉暁波による東洋的専制主義批判………231
8 ポスト天安門事件時代と「アジア的」なものの再タブー化………238
おわりに………247

第6章●ウィットフォーゲルと北朝鮮問題 267

はじめに………267
1 朝鮮社会経済史研究とアジア的生産様式論………271
2 朝鮮民主主義人民共和国の成立………276
3 金日成体制の成立………288
おわりに………312

あとがき……………333
初出一覧……………345
人名索引……………349
事項索引……………353

著者略歴

石井知章
1960年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了。(社)共同通信社記者、ILO(国際労働機関)職員を経て、現在、明治大学商学部准教授。高麗大学アジア問題研究所客員研究員(2007年)、スタンフォード大学アジア太平洋研究センター客員研究員(2007-2008年)。政治学博士。
著書として『中国社会主義国家と労働組合―中国型協商体制の形成過程』御茶の水書房、2007年。共著として、鈴木宏昌・連合総研編『開かれたアジアの社会的対話』日本評論社、2002年。田中浩編『現代世界と福祉国家―国際比較研究』御茶の水書房、1997年。矢内原勝、山形辰史編『アジアの国際労働移動』アジア経済研究所、1992年など。

書評

[週間エコノミスト 2009/1/13]

戦前日本の中国観を大きく規定し、今日なお残されている見方に「アジア的停滞・東洋的専制」という西欧中心史観がある。マルクス、ウェーバーの東洋観からドイツのマルクス主義者カール・ウィットフォーゲルが「アジア的生産様式」として定式化し、脱唖入欧の日本に輸出された。米国に亡命したウィットフォーゲルが反共マッカーシズムの証言者となると、日本の学問世界からは忘れ去られた。ただし文化大革命や天安門事件を文明史的に論じる際にはこっそり密輸入された。
そのウィットフォーゲルの膨大な未公刊遺稿と米国で格闘した石井知章『K・Aウィットフォーゲルの東洋的社会論』(社会評論社、2940円)は読み応えがある。毛沢東独裁も北朝鮮も彼の「水力社会」の眼で見直すと「社会主義」の基底に根付いた「アジア的復古」が学問的に説明できる。

加藤哲郎(一橋大学大学院社会学研究科教授)

[朝日新聞 2008/12/21]

ウィットフォーゲルはロシアや中国の社会主義体制を「東洋的専制国家」として批判したため、「反共」思想家として葬られた思想家だが、本書が示すように、現在の中国や北朝鮮、ロシアを見る上で、彼の認識は今も不可欠だ。

柄谷行人

[週刊読書人 2008/11/21]

アジア社会を封建性として把握するか、それとも東洋的専制として把握するか、という設問は古くて新しい問題だといわなければならない。なぜな ら、アジアの社会が世界の動きの一環に包摂され、その中で運動することを余儀なくされるとき、一見近代的に見えるその動きの影に、言いようのない古い残像 を垣間見るとき、これを封建的残滓として片付けるにはあまりに奥深いものを感じ取るからである。人は、それを閉塞的な「運命論」として忌み嫌うかもしれな いが、逆にその奥深さを認識することこそが、その克服の重要性と緊急性を訴える鍵となるのではないか。本書は、そうした時代的重要性を我々に喚起させる意 味でも貴重な一石を投じた著作だと言わなければならない。

小林英夫 (早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授)

[情況 2008/11/8]

ここでようやく著者が「政治生命をかけた、一大挑戦」として本書を出した訳がわかってきた。中国ではウィットフォーゲルがタブー扱いされている。それは、「アジア的生産様式が単に中国共産党の『正統史観』の抜本的見直し、再解釈を迫るだけではなく、中国という『現存する社会主義』国家の依拠する支配の正当性そのものを根底から揺るがしかねない、極めて危険なものだからである」からだ、となる。
つまり、中国共産党→中国→中国社会という専制統治の序列が、ウィットフォーゲルの言説によって露わになる。
封建制打倒を掲げて自らの〈アジア的〉なるものに無自覚であったこと、内なる〈アジア的〉なるものが「近代」化を阻害していること、さらに、〈アジア的〉なるものを内包して「社会主義革命」などまやかしじゃないかという指摘、〈アジア的〉な家産官僚制度が連綿と続く風土。問題の所在を〈アジア的〉なるものに還元して理解する手法は、耳目に入りやすい。

桂木行人

[出版ニュース 2008/7/8]

本書は、ウィットフォーゲルのテキストに内在するマルクスのアジア的視点を導きだしながら、多様な角度で思想的・今日的な意義を考察、「東洋的社会」と「東洋的専制主義」の関係から中国と北朝鮮の現代史と政治過程を照射する。

[朝日新聞 2008/6/22]

ウィットフォーゲルは晩年も厖大な著作を残したが、すべて未出版にとどまった。本書で、著者は、未公開の文献を渉猟し、その上で、彼の理論をより一貫した説得的なものにしている。さらに、中国と北朝鮮において、「アジア的」なものがどのように復古してきたかを詳細に分析している。これはかつて類のない考察である。また、文化革命後の中国で、ウィットフォーゲルが翻訳され注目を浴びたが、天安門事件以後禁圧され、最近また少しずつ見直しが起こっている、といった経緯が興味深い。”ウィットフォーゲル”は中国という社会の現状を示す指標となっている。

柄谷行人

[エコノミスト 2008/6/10]

1957年、梅棹忠夫は「文明の生態史観序説」を発表し、ユーラシアの東西で封建制から高度資本主義への移行が見られるとし、同じ年にウィットフォーゲルは「多中心的で私有財産に基礎をおく産業社会を生み出したのは封建制」なりとして、有名な『オリエンタル・デス歩ティズム(専制)』を著した。ウィットフォーゲルは、戦後は反共的立場のゆえに日本で無視され続けてきたが、近年注目が集まっている。
湯浅赳男著『「東洋的専制主義」論の今日性』(新評論、3465円)は、ウィットフォーゲルのいわゆる”水の理論”を分かりやすく解説し、梅棹生態史観と併せて画期性を強調したもの。石井知章著『k・Aウィットフォーゲルの東洋的社会論』(社会評論社、2940円)は湯浅とは立場を異にするが、オリエンタリズム批判の視点から、マルクスを含めて水の理論の意義を考察する。いずれにせよ、読者は『オリエンタル・ディアスポティズム』を読まれたいが、忘れ去られた重要書が再び注目されていることは、評者として感慨無量のものがある。

今谷明 都留文化大学学長

▲ページTOPへ