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カルチャー 【アート・コミック・アニメ】

アーサー・シイク 義憤のユダヤ絵師

アーサー・シイク 義憤のユダヤ絵師

袖井林二郎

価格: 2500円+税
発行日: 2007年11月13日
版型: A5判
ページ数:
ISBNコード: ISBN978-4-7845-0569-2
Cコード: C0030
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詳細内容

ポーランド生まれのユダヤ人画家、シイクは、第二次大戦の開始によって、アメリカに亡命。ナチスや日本の指導者を笑いのめすカリカチュアの第一人者となった。武器としての「漫画」の持つ力とは?(2007・11)

【目次】

プロローグ―〈ヒロヒト天皇〉との出会い  6
第1章 ユダヤ民族の絵師に
ウッチ―新興都市の天才画家  9
パリ―孤独・まどい・発見  12
エレツ・イスラエル―聖地への旅  16
ワルシャワ―祖国は甦ったが  19
再びのパリ―咲き広がる技倆  23
カリシュ―『律令』のイルミネーター  26

第2章 米国への長い途と『ハガダ』
恋歌『ワシントンとその時代』  49
アメリカへの初旅  54
『ハガダ』―世界一美しい本  62
〈の祭〉の教え  64
万博ポーランド館悲話  66
第3章 絵筆を武器として
「神よ、彼らをしたもうな」  70
変るソ連、変らぬ日本  75
『ザ・ニュー・オーダー』  81
パール・ハーバーと黄色の〈ヤマモト〉  88
ヒトラーが首に懸賞金を  92
「ジャップはコピーキャットだ」  95

第4章「政治的ポルノ」か「絵の銃弾」か
『コモンウィール』誌は批判する  113
殺し滅ぼすものへの怒り  118
「ソルジャー・イン・アート」  120
ゲーリング元帥に旭日桐花大綬章  123
ヒロヒト天皇とその一味  129

第5章 我が母は生きながら焼かれ
ユダヤ人救出をめぐる政治と政略  137
「最終解決」の目指すもの  143
母、兄そしてクリスチャンも  148
ワルシャワの2つの蜂起  157
「ユダヤ人7万人売ります」  165
第6章 Two down and One to go
「殺人株式会社3人組」の分業  169
「解放の戦士」ソ連軍を讃えよ  177
ヒトラーは自殺し、天皇は……  182
VE DAYからVJ DAYへ  185

第7章 戦いやまず
帰るべきポーランドはない  190
『インクと血』のねらい  191
なぜ忘れられたのか  202
イスラエル建国への尽力  205
満ち足りた生  210

エピローグ―忘却と鏡  215

おわりに 218

 註  220
  図版データ  232
  参考文献  239

著者略歴

袖井林二郎
1932年宮城県美里町(旧不動堂村)で無産党員の次男に生まれる。占領研究者。『マッカーサーの二千日』(中央公論社・74年刊)で毎日出版文化賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。50年宮城県古川高校卒。54年早稲田大学政治学科卒業。56年同大学院政治学修士。国会で日本社会党院外団に加わるも、活躍は少なし。59年よりアメリカで6年間労働留学に従事、妻孝子(現お茶の水女子大学名誉教授)を得た以外に、学問的には収穫少なし。64年カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院よりM.A. in Political Science取得。ベトナム戦争介入を正当化するアメリカ政治学に呆れ、65年末帰国。66年より約十年間、著述業。67~2007年、原爆の図丸木美術館役職員として奉仕。76年法政大学法学部教授(アメリカ政治論)。87年El Colegio de Mexico客員教授。99年病を得て退職。同年法政大学名誉教授。2004年法政大学より政治学博士号を受ける。
主たる編著書に『マッカーサーの二千日』(中公文庫改訂版、2003年)、『私たちは敵だったのか─在米被爆者の黙示録』(潮出版社、78年。増補決定版・岩波同時代ライブラリー、95年。英語版WERE WE THE ENEMY? American Survivors of Hiroshima. Westview Press, 1998)。『反核のアメリカ』(潮出版社、82年)、『夢二 加州客中』(集英社、85年。同増補版『夢二のアメリカ』集英社文庫、94年)、『拝啓マッカーサー元帥様─占領下の日本人の手紙』大月書店、85年。岩波現代文庫、2002年。英語版Dear General MacArthur─Letters from the Japanese during the American Occupation. Rowman & Littlefield. 2001 )、『マッカーサー─戦後日本の原点』(福島鋳郎共編、日本放送出版協会、82年)、『世界史のなかの日本占領─法政大学国際シンポジウムの記録』(編、日本評論社、85年)、『占領した者された者─日米関係の原点を考える』サイマル出版会、86年)、『日本占領秘史』(下、秦郁彦連著、朝日新聞社、77 年。ハヤカワ文庫、86年)、『戦後日本の原点─占領史の現在』(上下、竹前栄治共編、悠思社、92年)、『吉田茂=マッカーサー往復書簡集 ─1945─1951』(編、法政大学出版局、2000年)、『リメンバー昭和!─同時代史の覚え書』丸ノ内出版、99年。

書評

[図書館 2008/3/22]

執拗に向けられるヒトラーとナチスの面々に対する指弾の筆跡は、やがて日本の指導者へとも向けられる。特に昭和天皇への容赦ない鉄槌は、日本人なら誰しもがあっと驚き息をのむほどだ。「こんな絵があったのか」と著者をして驚嘆せしめたのは、白馬にまたがり血をしたたらせながら軍刀を抜いて進む不気味な姿だ。腰にはヒトラーの一味ということを示す為に鍵十字の勲章をぶら下げている。タイトルは「天の子(ヒロヒト天皇)」。戦時中多くの少年と同じく「軍国少年」だった著者にとって、「現人神」への宣戦布告にも似た劇画化は衝撃的だったという。ヒトラーと二人で沈み行くマストにすがっている絵もあれば、スカンクの剥製を指揮棒に胴体が地球の格好をした馬にまたがった姿もある。地球にまたがった天皇の風刺画の題は、「ヒロヒトラー 世界最初の支配者たらん」である。一九七五年の昭和天皇訪米のあと、ニューヨーク・マンハッタンの老舗画廊でシイクの作品「天の子」と出会った著者は、このような絵を描いた画家はどんな人物なのか、どのような生涯を送ったのか、他にどのような作品を描いたのか、調べ始める。その旅は、シイクの母国・ポーランドから二十世紀の戦争の歴史へと広がっていく。絵の凄みにもまして画家の人生そのものが、壮絶なのである。

鈴木義昭

[信濃毎日新聞 2008/3/2]

約三十年前、マンハッタンの画廊で偶然シイクの絵と出合った著者は、絵筆で闘いを挑んだ知られざる画家の足跡をたどる。日本人を戯画化したイラストは刺激が強いが、戦争が遠くなった今、その毒とユーモアを直視する意義は小さくない。

[図書館2008年3月22日]評者:鈴木義昭
執拗に向けられるヒトラーとナチスの面々に対する指弾の筆跡は、やがて日本の指導者へとも向けられる。特に昭和天皇への容赦ない鉄槌は、日本人なら誰しもがあっと驚き息をのむほどだ。「こんな絵があったのか」と著者をして驚嘆せしめたのは、白馬にまたがり血をしたたらせながら軍刀を抜いて進む不気味な姿だ。腰にはヒトラーの一味ということを示す為に鍵十字の勲章をぶら下げている。タイトルは「天の子(ヒロヒト天皇)」。戦時中多くの少年と同じく「軍国少年」だった著者にとって、「現人神」への宣戦布告にも似た劇画化は衝撃的だったという。ヒトラーと二人で沈み行くマストにすがっている絵もあれば、スカンクの剥製を指揮棒に胴体が地球の格好をした馬にまたがった姿もある。地球にまたがった天皇の風刺画の題は、「ヒロヒトラー 世界最初の支配者たらん」である。一九七五年の昭和天皇訪米のあと、ニューヨーク・マンハッタンの老舗画廊でシイクの作品「天の子」と出会った著者は、このような絵を描いた画家はどんな人物なのか、どのような生涯を送ったのか、他にどのような作品を描いたのか、調べ始める。その旅は、シイクの母国・ポーランドから二十世紀の戦争の歴史へと広がっていく。絵の凄みにもまして画家の人生そのものが、壮絶なのである。

[週間エコノミスト 2008/2/19]

日米関係史研究の先達、袖井林二郎の『アーサー・シイク 義憤のユダヤ絵師』(社会評論社、2625円)は、忘れられた第2次世界大戦記、連合国側の対日風刺画を収集し、正面から向き合う。ポーランド出身のユダヤ人画家が、亡命先の英米で細密画芸術から風刺画へ移ったのは、ナチスのホロコースト告発のためだった。ヒトラー、ムッソリーニと並んで日本の昭和天皇が軍人がどう描かれたかを100枚以上の漫画を発掘し、強烈に示す。

[福島民友 2008/2/17]

約30年前、マンハッタンの画廊で偶然シイクの絵と出会った筆者は、絵筆で闘いを挑んだ知られざる画家の足跡をたどる。

[出版ニュース 2008/2/8]

本書は、シイクに惹かれて30年余の著者による日本で初めての研究・紹介書、伝記であり、カラー作品多数を含む画集でもある。国際的評価が再び高いこの特異な画家の内面とその時代背景を情熱込めて分析し、いっきに読ませる労作

作家 小野耕世

[読売新聞 2008/1/27]

枢軸国三人組の中で昭和天皇は最も個性を欠いているが故に、からかいの対象として生き生きもする。「ヒロヒトラー 世界の最初の支配者たらん」とのキャプションが付いた、地球儀の馬にまたがって剥製のスカンクを指揮棒に持つ姿などは、シイクの面目躍如であろう。

[雑誌『社会評論』2008冬 2008/1/8]

ナチス・ドイツによるヨーロッパのユダヤ人弾圧・追放・抹殺。これがポーランド生まれのアーサー・シイクの運命を変えた。一九三八年、ドイツがポーランドに侵攻し第二次世界大戦が始まる。シイクはアメリカに亡命し、風刺画によって、まだ参戦していなかったアメリカの世論を動かそうと努力を始める。その間、ユダヤ人の大量虐殺(六〇〇万人に達することになる)を耳にし、その中に自分の母や兄も含まれていたことを知る。祖国ポーランドだけでなく、肉親までもナチス・ドイツに奪われた憎しみ。これこそが、彼の、風刺画を描く最大の原動力になっていくのである。ナチスが憎ければ、その同盟国であるイタリアも日本も同列である。彼の攻撃の対象は、ヒトラーであり、ムッソリーニであり、天皇であった。かくして多数の天皇風刺画が描かれた。

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