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図書目録

海外事情 【地理の本】

時刻表世界史

時刻表世界史

時代を読み解く陸海空143路線

曽我誉旨生

価格: 2800円+税
発行日: 2008年9月18日
版型: A5判並製
ページ数: 512頁
ISBNコード: ISBN978-4-7845-0972-0
Cコード: C0030
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曽我誉旨生さんが「東京REMIX族」J-WAVE 2010/5/8 17:00~17:54に出演します。
http://www.j-wave.co.jp/original/tokyoremix/



「第34回 平成20年度交通図書賞特別賞受賞作品」

詳細内容

なんでそもそもこんな街からそんな街に直行便が飛んでるんだ?!と台風の運休情報を見て不思議に思った事ありませんか?その世界陸海空古今東西版です!
鉄ちゃん・飛行機マニア・船オタク・そして何よりも世界史ファン全員の要求に世界最強時刻表収集家が応えてみせる!

【目次】

目次
世界時刻表カラー・ギャラリー

まえがき

目次

第一章 欧亜連絡とロシア 
旅は極寒の凍土を越えて

ヨーロッパへのプロローグ「欧亜連絡国際列車」 
東京~敦賀港 (1915 年)

ゲージ戦争に翻弄された極東への短絡ルート 
ウラジオストク~ハルビン~満洲里 (1907 年)

万博にも出品!? 欧亜を結ぶロシアの戦略鉄路 
満洲里~モスクワ~ベルリン (1910 年/35 年)

初の日英航空定期便は占領下の「ヨコハマ」に舞い降りた 
横浜~ロンドン (1939/49 年)

シロクマに襲われたかもしれない?北極まわり航空路 
コペンハーゲン~アンカレジ~東京 (1957 年)

シベリア鉄道完全踏破が禁じられていた時代の外国人ご用達航路 
ナホトカ~横浜 (1966 年)

第一便にはザ・ピーナッツも搭乗―鉄のカーテンを開いた日ソ空路 
東京~モスクワ (1967 年)

コラム① ジェット機全盛時代の絶滅危惧種・日本発着のプロペラ国際線

ソ連迂回の北極経由を拓いたSAS がお次はソ連領空に真っ向勝負! 
コペンハーゲン~タシケント~バンコク (1970 年)

鉄のカーテンの向こうで繰り広げられた中ソ「鉄道外交」 
モスクワ~北京 (1957 年)

周辺国に翻弄され続けたバルト3 国 
ベルリン/モスクワ~タリン (1939/62 年)

ガガーリンも乗った? 世界最北の旅客列車 
モスクワ~ペチェンガ (1960 年)

コラム② 超音速旅客機が飛んだ世界で最も速い国内線

第二章 ヨーロッパ 
破壊の暗闇から“対立と絆の時代”の夜明けへ

ドイツの鉄道技術は蒸気機関車全盛時代に時速160 キロをマーク 
ハンブルク~ベルリン (1936 年)

美しき「モルダウ駅」に秘められた哀しみのストーリー 
ベルリン~プラハ (1943 年)

中立国・スウェーデンが運航した決死の航空路 
ストックホルム~スコットランド (1944 年)

アメリカ鉄道部隊in 欧州大陸の初仕事は自軍の爆撃の後始末から 
アーヘン~ニース (1945 年)

コラム③ 世界最短の鉄道

線路は続くよ統合へ―戦後ヨーロッパを結んだビジネス特急「TEE」 
パリ~ドルトムント (1957/61 年)

平和の到来が可能にしたライン川国際クルーズとバス旅行 
バーゼル~ロッテルダム (1954/61 年)

ルフトハンザは蚊帳の外! 冷戦時代のベルリンへの航空便 
フランクフルト~ベルリン (1951/59 年)

さらば、大英帝国の空の玄関 
ロンドン(クロイドン)~アムステルダム(1959 年)

ドーヴァー海峡の空をクルマが飛ぶ!
サウスエンド~ストラスブール( 1963 年)

イギリスの航空機産業が生み出した海の怪物・巨大ホバークラフト 
ラムズゲイト~カレー (1969 年)

カップラーメンより短時間で飛ぶ! スコットランドの世界最短航空路 
ウェストレー~パパウェストレー (1978 年)

滑走路はジャンプ台? アルプス山中のアブナイ飛行場 
パリ~クールシュベール (1975 年)

万事OK! チェコスロバキアのノッてたエアライン 
プラハ~ジャカルタ (1966 年)

ノルウェー発スウェーデン経由ノルウェー行き夜行列車 
オスロ~(スウェーデン領)~ナルヴィク (1957 年)

世界最北のノルウェー国内線は国際線もどき!? 
スヴァールバル諸島~オスロ (1980 年)

コラム④ 変転激しい世界最短クラスの国際線たち

第三章 中近東・アフリカ
民族の闘いに翻弄され続けた現代のキャラバン

3国間を結ぶのに4 回も国境を越えた中東行き国際急行列車 
イスタンブール~バグダッド (1956 年)

大国に牛耳られた大戦中のイランの鉄道 
バンダルシャープール~バンダルシャー (1944 年)

ヨーロッパからアフリカへ―壮大な交通網を担ったパレスチナの鉄道  
ハイファ~カイロ (1934/49 年)

イスラエル国内線は占領地の消長とともに一喜一憂 
テルアヴィブ~シャルムアルシェイク (1972 年)

航空機の飛行経路にも影響したアラブとイスラエルの確執 
ベイルート経由vs テルアヴィブ経由( 1966 年)

ナイル川やビクトリア湖が“滑走路”―イギリスの「エンパイア・ルート」 
ロンドン~ダーバン
ロンドン~ヨハネスブルグ (1938/53 年)

アフリカとアジアの肩身の狭くなったもの同士の絆が生んだ薄幸の定期便 
ヨハネスブルグ~台北( 1981 年)

コラム⑤ 世界最長の国内線を探せ!

第四章 新大陸へ 
地球を小さくする者が世界を征する

英・仏がプライドを賭けた海上交通の大幹線 
ルアーヴル/サウサンプトン~ニューヨーク (1937/47 年)

運賃はフォルクスワーゲン1 台分?―悲劇の飛行船「ヒンデンブルク」 
フリードリヒスハーフェン~リオデジャネイロ 
フランクフルト~ニューヨーク (1935/36 年)

アマゾンの奥地にはサムライが飛んでいた! 
マナオス~イキトス (1974 年)

海上支援基地まで導入して運航された南米行き郵便飛行機 
ベルリン~ブエノスアイレス (1935 年)

瀬戸大橋も脱帽! フロリダの海上列車に乗ってハバナで乾杯! 
マイアミ~ハバナ (1932/57 年)

キューバ支援の生命線 ソ連が威信をかけて開拓した大西洋縦断空路 
モスクワ~ハバナ (1968 年)

サンフランシスコ湾横断にはベイブリッジよりもまず飛行機が登場 
サンフランシスコ~オークランド (1930 年)

インパクトと実用性の共存を求めて―インダストリアル・デザインの時代 
ワシントン~ニューヨーク (1939 年)

日本を焼き尽くした“超・空の要塞”のルーツは大陸横断線の花形機だった 
ロサンゼルス~ニューヨーク (1941 年)

アメ車の技術が導入された失敗作“未来の列車” 
クリーブランド~シンシナティ (1956 年)

冷戦がアメリカを本気にさせた! 世界最速の定期客船が就航 
ニューヨーク~ブレーメルハーフェン (1960 年)

遠回りだけど安いアイスランド経由の大西洋横断 
ニューヨーク~レイキャビク 
レイキャビク~ルクセンブルク (1962 年)

月着陸成功を支えたNASA 専用航空便 
ラングレー研究センター~パトリック空軍基地 (1961 年)

長距離バスで盛り上がったアメリカの公民権運動 
ワシントン~セントピーターズバーグ (1961 年)

マンハッタン中心街・ヘリが誘う未来都市の夢はクラッシュに散った 
J.F. ケネディ国際空港~パンナムビル (1965/77 年)

変わりゆく大都会の陰に消えたニューヨークの鉄道連絡船 
ニュージャージー~マンハッタン (1966 年)

“ 覚悟の旅路・海外移住”を支えた南米航路の100 年 
神戸~ブレノスアイレス (1922/39/55/68 年)

コラム⑥ 世界最南の○○は函館なみ?

第五章 太平洋
希望と涙が渡った遥かなる架け橋

真珠湾攻撃を生き抜いて力尽きた古きよきハワイの汽車 
ホノルル~カフク (1921 年)

空と海から日本の委任統治領を結んだ南洋行き定期便 
横浜~サイパン (1936/41 年)

戦時中の軍用定期航空便の全容が明らかに! 
東京~ラバウル (1943 年)

昔・戦闘機、いま・観光客―ハワイに群がる日本人 
ホノルル~ヒロ (1940/64 年)

始発から終着までに3 回も日付が変わる太平洋の島伝い空路 
ホノルル~グアム~サイパン (1968 年)

タヒチは水上がお好き? 水上コテージ、そして最後の飛行艇 
パペーテ~ライアテア島 (1969 年)

東欧の異端児・ユーゴ最初の長距離国際線は海外移住者がターゲット 
ベオグラード~シドニー (1975 年)

飛行機がなかった時代の日米間の大動脈・太平洋横断航路 
横浜~サンフランシスコ (1914/32/49 年)

戦後唯一復活した伝統の日本客船による船旅 
横浜~シアトル (1957 年)

激戦地となる島々を伝って太平洋両岸を結んだ“チャイナ・クリッパー” 
サンフランシスコ~香港 (1941 年)

香港の海運王が燃やした情熱の行方は丸焦げになった豪華客船だった!? 
香港~ロサンゼルス (1972 年)

現代の“不平等条約”を克服してオープンした“日の丸世界一周線” 
サンフランシスコ~東京~ロンドン~ニューヨーク (世界一周) (1947/67 年)

コラム⑦ JAL 撤退後の世界一周線

核実験の島への定期便も―冷戦時代に米軍の機動力を支えた「MATS」 
カリフォルニア~硫黄島~東京 
カリフォルニア~エニウェトク島 (1948/55 年)

第六章  東南アジアとその周辺
植民地からの脱出は勝利なき戦いの幕開けだった

印パ分離独立前には毎日6 往復もの列車が往来 
アムリットサル~ラホール (1939 年)

“社会主義国”インドのエアラインはアジア初の米ソ同時乗り入れを達成 
デリー~モスクワ/ニューヨーク (1960 年)

妨害工作に阻まれながら運航された日本初の国際線 
東京~バンコク (1941 年)

戦時中の『盤谷案内』に現カンボジア領の鉄道が載っていた理由とは? 
バンコク~バッタンバン (1942 年)

会社がつぶれてさあタイ変! 格安運賃で身を滅ぼした「エア・サイアム」 
バンコク~福岡~ロサンゼルス (1975 年)

マレー半島縦断鉄道はイギリスの意向でタイがゲージを変えて完成 
シンガポール~バンコク (1939/51 年)

コラム⑧ 「マレーの空」は改名の嵐

バーチャル・ツアーへのいざない~ 70 年前のオランダから極東への旅 
アムステルダム~バタビア (1937 年)

火山島をゆく東南アジア最初の鉄道と植民地エアライン 
バタビア~スラバヤ (1936 年)

日本の敗戦が廃線への序章? 激動のフィリピンの鉄道 
マニラ~サンフェルナンド (1934/45 年)

抗日の後方基地への生命線となったフランスの極東空路 
パリ~ハノイ (1938 年)

舗装率は日本の倍! 戦前のインドシナの道路 
サイゴン~シエムリエプ (1936 年)

ディエンビエンフー陥落前夜―ベトナムはまだひとつだった 
ハノイ~サイゴン (1954 年)

三つ巴の内戦時代にもかかわらず意外に国内線が充実していたラオス 
ビエンチャン~ルアンプラバン (1960 年)

カンボジアのフラッグキャリアは南北ベトナム両方に乗り入れ 
プノンペン~ハノイ~広州 (1966 年)

極限の戦場から安息の地へ―ベトナム戦争時代のパンナム特別便 
サイゴン/カムラン湾/ダナン~バンコク (1969 年)

第七章 中国と台湾 
流転する四千年の空と大地をゆく

空襲警報に備えよ! 臨戦態勢の中で高度成長を支えた台湾鉄路 
台北~高雄 (1929/61 年)

乗りこなすにはコツがいる!? 台湾の珍交通機関「台車」 
外車??~埔里 (1926 年)

台湾最大の観光地への鉄道は日本統治時代の開発の産物 
嘉義~阿里山 (1931 年)

台湾東海岸に交通革命をもたらした断崖絶壁道路 
蘇澳~花蓮 (1931 年)

アジアの空を駆けた飛龍「民航空運公司」 
台北~東京 (1963 年)

線路はあれども列車は通らず―乗り換え必須だった香港と中国本土 
香港~広州 (1935/52 年)

名古屋空港初の外国エアラインは大阪からわずか25 分で参上 
香港~大阪~名古屋 (1966 年)

コラム⑨ アナタも乗れた! 大阪~名古屋ジェット機の旅

名物ビールの陰にドイツ・日本・中国の歴史を秘めた山東半島の鉄道 
済南~青島 (1922 年)

時局の要請で国策路線へと変貌したリゾート航路 
神戸~長崎~上海 (1923/40 年)

外国勢が虎視眈々と狙った戦前の中国大陸の鉄道 
北京~上海(戦前編) (1916/38 年)

日本軍専用の定期便も往来した長江客船航路は消滅間近 
上海~漢口 (1941 年)


援蒋エアライン「中国航空公司」が24 日の道のりをわずか4 時間に短縮 
重慶~昆明 (1936 年)

1950 年代の中国鉄路は「豚を2 倍積む方法」を考えていた 
北京~上海(戦後編・上) (1947/49/52 年)

パンダもビックリ! 竹製バスまで走らせた中国パワー 
上海の都市交通 (1960 年)

革命の国・フランスから文化大革命の真っ只中へ就航した西側初の定期便 
パリ~上海 (1967 年)

混乱の10 年―鉄道時刻表もミニ『毛沢東語録』になった 
北京~上海(戦後編・下) (1969 年)

まっすぐには飛べなかった日中航空路 
東京~上海~北京 (1974 年)

第八章 朝鮮半島 
三千里を駆ける鉄馬の誕生と飛翔

開国への転換期に日本の野望から生まれた朝鮮半島縦断鉄道 
釜山~新義州 (1905/37 年)

「鉄道王」も一枚加わった植民地開発ビジネス 
麗水港~全南光州 (1930 年)

鉄道空白地帯を結んだ北鮮のローカルバス 
清津~羅津~雄基 (1933 年)

博多っ子のレジャーの足は危険と隣り合わせの国策航路がルーツ 
博多~釜山 (1943 年)

コラム⑩ 日本に発着する最短所要時間の国際線

準戦時体制・韓国では時刻表に特急列車と軍用列車が同居していた 
ソウル~釜山 (1956/62 年)

“ソウルのセントラルパーク”から巣立った大韓航空が支えた「漢江の奇跡」 
ソウル~ロサンゼルス (1971 年)

世界最長列車はいずこへ向かう? 北朝鮮の国際交通 
平壌~モスクワ (2001/05 年)

第九章 満州の時代 
プロパガンダと緊張の狭間に咲いた幻の名優たち

最盛期にはほとんど毎日運航されていた「日満連絡船」 
神戸~大連 (1938/41 年)

戦前の民間航空は苦労して玄界灘を越えたわずか12 年後に日本海を制覇 
東京~大連/新京 (1929/41 年)

『日本海は我らが湖水』!? 大陸へ一直線「日本海航路」 
敦賀/新潟~清津・羅津 (1933/41 年)

満ソ国境・満鉄が運航していた緊張の船旅 
ハルビン~黒河 (1938/40 年)

大陸の空を翔んだ国策エアライン 
満洲航空 (1937 年)

工業都市の生活路線から開拓団の訓練所行きまで 
満州の都市交通 (1940 年)

第十章 日本 
都市と地方・なつかしき「昨日」

皇国興廃の一戦・日露戦争の鉄道輸送は人と馬が同じ列車で移動
鉄嶺~大連 
仙台~宇品 (1904/05 年)

川蒸気船の銀座通りだった東京湾・浦安沖 
東京~銚子 (1926 年)

文化人にも愛された「高原のカブトムシ」 
軽井沢~草津温泉 (1939 年)

一緒に座っているだけなの? 日本初のキャビンアテンダント誕生 
東京~下田 (1932 年)

地域密着エアラインを作ってしまった“カニと温泉のまち” 
大阪~城崎 (1932 年)

お客様は「御遺体」です―御陵行き霊柩列車 
葬場殿仮停車場~桃山 (1914/40 年)

大阪湾に繰り広げられた帝国海軍の偉容 
奈良~大阪港 (1936 年)

騒音が難点だった南紀の珍交通機関「プロペラ船」 
新宮~瀞八丁 (1925 年)

速度は人の早足くらい? 北海道入植者の生活を支えた殖民軌道 
問寒別~上問寒別 (1938 年)

北緯50 度を目指した樺太の“銀河鉄道” 
大泊~敷香 (1935 年)

市販の時刻表には載っていなかった幻の北方航路 
函館~択捉島 (1933 年)

悲運の軽便鉄道はいまも米軍基地の地中に眠る!? 
那覇~嘉手納/与那原/糸満 (1938 年)

待望久しき新造船もすぐ徴用―開戦前・不遇の沖縄航路 
神戸~那覇 (1937 年)

二晩がかりで郷里への夢を運んだ引揚列車 
南風崎~東京 (1947 年)

焼け跡の東京都心を走った進駐軍専用バス 
GHQ バスターミナル~三井倶楽部 (1947 年)

連合軍専用列車が腹ペコ日本人を尻目に疾走 
東京~佐世保 
横浜~札幌 (1945/51 年)

バスストップは核戦争の恐怖と隣り合わせ 
御殿場~滝ヶ原 (1952 年)

混乱する陸上輸送を補完した内航海運 
東京~釧路 (1951 年)

“国際”航路クソッくらえ!―沖縄航路も本土復帰運動の舞台に 
那覇~鹿児島/東京 (1968 年)

「黒いダイヤ」を運んで日本の産業を支えた運炭鉄道 
夕張本町~野幌 (1955 年)

わずか4 年の短命に終わった紀州一周航空路 
大阪~白浜~串本~志摩~名古屋 (1961 年)

ヘルプ・ハネダ! パンクする国際空港を米軍基地が支援 
厚木~八丈島 (1971 年)

日の丸はブランドマークなり。―「沖縄のつばさ」苦難の誕生 
那覇~石垣~与那国 (1971 年)

社会経済を襲った石油危機には日本の国際線も負けた 
東京~(バンコク)~ローマ (1974 年)

コラム⑪ なぜか期待ほど長くは続かなかった日本のヘリコプター定期便

主要参考文献・ウェブサイト

あとがき

著者略歴

曽我誉旨生
1972 年大阪府茨木市出身、早稲田大学商学部卒。情報システム関連企業に勤務するかたわら、中学生の頃に始めた「時刻表」類の収集を続けている。著書に「伝説のエアライン・ポスター・アート」(イカロス出版・共著)があるほか、同社発行の雑誌「月刊エアライン」への寄稿も行っている。

メディア登場歴

「安住紳一郎の日曜天国」 TBSラジオ 2010/3/14 11:00~11:30
http://www.tbs.co.jp/radio/nichiten/guest/index-j.html
曽我誉旨生さん、ゲストコーナーに出演。

曽我誉旨生さん、日本放送、「小倉智昭のラジオサーキット」に出演。2009/5/2 15:00~。
http://www.1242.com/ogura/

森本穀郎・スタンバイ! 日本全国8時です TBSラジオ 2009/4/21
http://www.tbsradio.jp/stand-by/zen8/
森本毅郎氏×荒川洋治氏がJTB時刻表創刊1000号記念して、『時刻表世界史』を紹介しています。ポッドキャストでも視聴可能です。

書評

[日本経済新聞 2012/8/29]

戦中、時刻表は一般の乗客に向けたものだけではなかった。43年の「陸軍軍用定期航空発着時間表」は、南方の戦線に向かう軍人のために作られた。 東京と、激戦で知られる太平洋のラバウルなどを結ぶ飛行機の運航時刻が書かれている。まさしく生きて帰る保証のない「片道切符」。登場した人のこ とを思うと、胸に迫るものがある。

[交通新聞 2009/4/2]

交通協力会と交通新聞社共催、運輸調査局後援による2008年度(平成20年度)の第34回「交通図書賞」の表彰式が3月30日午後、東京・飯田橋のホテルメトロポリタンエドモントで行われた。中略。式には各受賞図書の編著者並びに出版社の代表と、主催者側からは交通協力会の秋山光文会長と管建理事長、交通新聞社の北川博昭社長らが出席。菅理事長から賞の趣旨や選考経過について説明があった後、秋山会長から著者に賞状と賞金、出版社の代表に記念品がそれぞれ贈られた。
また式後の懇談の席では、各受賞図書の著者および出版社の代表から、受賞の感想やそれぞれの作品に託した思い、制作時のエピソードなどについて興味深い話が披露された。

[交通新聞 2009/3/23]

単なるコレクションの紹介にとどまらず、交通ルートの概容やそれらが設定された時代背景、政治的・経済的な役割、ルートの変遷や交通モードの概容など広範
な情報を記述。
著者個人のエピソードも交え、各時代の交通事情が理解できるだけではなく、それぞれの国およびそれを取り巻く国際情勢等を浮き彫りにした、深みのある内容にまとめられている。

[「調査情報」TBSメディア総合研究所 2009/3-4 No.487 2009/3/4]

前略。このほかにもGHQが占領下の東京で運行していたバスの路線図、国鉄が運行した引き揚げ船連絡列車のダイヤ、学生活動家たちが乗り込んだ復帰前の東京・鹿児島~那覇間の航路(料金表には円とドルが併記されている)、さらに60年代初頭、公民権運動全盛期のワシントン発フロリダ行きグレイハウンドバスの時刻表なども紹介されており、これらは趣味の収集の域を超えた第一級の歴史資料といっても過言ではないだろう。
500ページ超、横2段組の大著であるが、乗り物マニアだけに独占させておくのは実にもったいない本である。

[鉄道ファン 2008年2月号 2009/2/1]

本書は、鉄道に限らずさまざまな交通の時刻表を収集し、世界一の時刻表コレクターと称されている曽我氏ならではの視点で、全世界の不思議な路線、今では納得のいかない路線などを紹介しており、人文科学に関心のある方にもおすすめします。

[世界の艦船 700 2009/1/9]

時刻表といえば誰しもまず思い浮かべるのは、いつも利用する鉄道やバスなどの時刻表だろう。ただしそれは必要に応じて見るのであって、時刻表をベースに何かを発見しようと意図する人はまずいない。
そんな実用本位の消耗品的時刻表から、世界の歴史を見通そうというユニークな試みを実践したのが本書で、古今東西、陸海空各種ルートの時刻表から、当該交通機関の有様とその歩みを紐解き、さらに社会情勢や政治情勢などにまで筆を進めている。収録されているのは、交通機関の存在と変遷が歴史の証人のような中国東北部の事例や、飛行時間2分というオークニー諸島の世界最短航空路線など千差万別で、本誌の関心事である船については、メジャーな北大西洋定期航路やサンフランシスコ航路、ハドソン川の連絡船やナホトカ航路など、二十数航路を取り上げている。

[鉄道ジャーナル 2009年1月号 2009/1/9]

鉄道はもとより、航空、・船・バスなど、すべての交通機関の時刻表を、世界的規模で紹介した書。地域別に章立てられ、すでに消えてしまった路線を数多く収録。国家の興亡や力関係の変化で消えた路線もかなりあり、本書で世界史の一端を学ぶことが出来る。

[中日新聞 2008/12/18]

著者インタビュー
「時刻表収集が趣味」と聞くと、鉄道マニアを思い浮かべる人が多いかもしれないが、東京都杉並区の会社員曽我誉旨生さん(三六)の時刻表コレクションの目的は変わっている。古今東西の時刻表から世界の歴史を見通すことが目的だからだ。
中学時代から古書店やネットオークションなどで七百点を超す国内外の古い時刻表を収集。今秋、鉄道、バス、航空、船の時刻表を読み解いた成果をまとめ、『時刻表世界史』 時代を読み解く陸海空143路線』(社会評論社)を出版した。
コレクションには、戦争や紛争に苦しんだ人たちの足跡がうかがえる時刻表もある。戦後占領期の日本では、進駐軍の便に供するため連合軍専用列車が優先して運行された。外地から日本に帰国した人々を郷里に運ぶための引き揚げ列車は九州から東京まで、各駅停車で二晩を要した。(中略)
「鉄道や航空機の時刻は利用者の人生とも深くかかわっている。交通機関が生まれて以降の人類の歴史をもっとたどりたい」。それに大きな目標もある。「いつか実物の時刻表を展示する史料館を開設したいですね」(紙山直泰)

[レイル・マガジン2008年12月号 2008/12/8]

何でこんな街からそんな街に路線が?という疑問に、世界最強の時刻表収集家が挑んだ。本書には戦前の時刻表をはじめとして、かなり珍しいものが紹介されていて、コレクターとしても充分に楽しめる内容になっている。

[鉄道ピクトリアル2008年12月号 2008/12/8]

戦前の中国大陸から戦後国内の興味深い事例、また鉄道に留まらず世界の航空路や航路の、国際政治と密接に結び付いた不思議な、時に抱腹絶倒のエピソードを、筆者が所蔵する膨大な時刻表コレクションとともに紹介する力作。

[航空情報2008年12月号 2008/12/8]

例えば、第1章の「亜欧連絡とロシア―旅は極寒の凍土を越えて」では、初の日英航空定期便が占領下の横浜に飛行艇で運航された経緯を、当時の時刻表を収録しながら語ってある。

[月刊エアライン2008年12月号 2008/12/8]

時刻表と聞くとつい鉄道のものを思い浮かべるが、空路にも海路にももちろん時刻表は存在する。古今東西、陸海空路すべての時刻表を集める「世界最強時刻表収集家」の著者が「え?この時代、こんな所にこんな路線が?」と思わせるユニーク路線について解説。実物の時刻表の画像が添えられており、実際に当時の旅客になったような不思議な感覚を楽しめる。

[旅と鉄道2008年12月号 2008/12/8]

時刻表は長らく旅行の道具としてとらえられ、用済み後は捨てられる運命にあった。それが最近は資料としての価値が見直され、収集あるいは研究の対象とする人も多い。本書は鉄道のみならず、航空・航路・バスなど、あらゆる交通機関の時刻表を世界に求め、その成果を集大成したものである。鉄道以外の交通機関は小冊子形式なので破棄される機会が多かったと思われ、よくぞここまで収集したものと、感嘆せざるを得ない。

[北海道新聞 2008/12/7]

鉄道、船、航空機で張り巡らされた二十世紀の百四十三路線を収録した、歴史を旅する時刻表。列強が植民地に鉄路を敷設し、飛行艇を投入して定期航空路を開くなど、地球規模で輸送需要が激増した時代が浮き彫りにされる。戦前の函館―安別―(樺太西海岸)、函館―択捉島の航路、戦後の札幌―横浜の進駐軍専用列車の時刻表なども発掘、掲載されている。

[出版ニュース 2008/12/1]

第2次大戦下、チェコスロバキアはナチス・ドイツの保護領となった。時刻表の駅名にはドイツ語とチェコ語の両方が記載された。ヴァルタヴァ駅は「モルダウ駅」の名称とともに。〈駅名は美しいが、その改称の背景となった歴史はなんとも悲しいことか…〉。世界一の時刻表コレクターと言われる著者は、鉄道だけではなく、飛行機、船、バス、さらに人力車の時刻表まで集まってきた。本書はこれら陸海空の時刻表の中に、世界が辿ってきたこの百数年の歴史を探る。全長200mの世界最短バチカン国鉄、飛行時間わずか2分間の定期直行便など興味深い話題にも事欠かない。

[読売新聞 2008/11/30]

時刻表は、単に旅程を検討するその刹那のためだけにあるものではない。時刻を表す数字を追いかけ、道中の車窓や行き先の街並みを想像し、旅の気分に浸れる紀行とも言えよう。はたまた、その時々に、列車や航空便がどこからどこまで運行していたかを記録した歴史書とも言えるかもしれない。当時は、今では想像もできないような都市を経由した航空便や、ある都市からさる都市への直通列車など、驚きの連続である。
く世界中の、戦前戦後を問わず収集した時刻表を惜しげもなく披露し解説している。鉄道だけでなく、バスや飛行機や船の時刻表もある。これだけ一冊の本で網羅的に扱った書はいまだ見たことがない。時刻表示自体は単なる数字の羅列かもしれないが、その数字が持つ意味は、現代世界史上での位置づけと重ね合わせれば、非常に奥が深い。

[読売ウィークリー 2008/11/16]

時刻表から見えてくるのは、ほとんど「人類の過ちの歴史」だと著者は記している。たしかに戦争や植民地支配など、さまざまな国家の愚行に関する項目が目につく。たかが時刻表と軽く見るべからず、と言いたくなる。一方、英国北部にある所要時間2分の世界最短航空路線や、トロッコ列車の車両をそのまま吊り上げてロープウェイに変身する台湾の不思議な森林鉄道など、ユーモラスな話題に出会うと、何だかホッとする。(中略)東京の「進駐軍専用バス路線案内」(1947年)がある。「毛沢東語録」の一節を掲げた中国の鉄道時刻表(1969年)がある。何と1914年、昭憲皇太后大喪時に東京~京都間を走った霊柩列車の時刻表まで登場する。古い時刻表の入手方法は「企業秘密(笑)」だそうだが、こんなものまで! まさにサプライズな一冊である。

松村洋

[サンデー毎日 2008/11/16]

およそ「交通機関のあるところに時刻表あり」。時刻表の背景から時代と社会が見えてくる、と語るのは曽我誉旨生『時刻表世界史』(社会評論社)だ。第二次大戦中、ヨーロッパの空からは多くの定期航空便が姿を消した。ナチス・ドイツの攻撃に運休を余儀なくされたのだ。唯一残ったのはスウェーデン~イギリス線。スウェーデンが中立国だったからだ。危険を覚悟で飛んだスウェーデン航空の時刻表には、「機密スケジュールにて運航」の文字のみが残されている。

中村貴美江

[サライ23号 2008/11/8]

20世紀に発売された時刻表から、その社会背景などを考察。例えば、ロシアが建設した東清鉄道は中国への進出が目的だった。

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