トップ > 図書目録 > 海外事情 【ロシア・東欧】 > 書籍詳細 : ソヴェト=ロシアにおける赤色テロル(1918~23)
海外事情 【ロシア・東欧】
ロシア「革命」後、民衆支配のシステムとして、残虐な「赤色テロル」が大規模に展開された。
人民社会主義党員として社会主義運動に参加し、革命後は「反ボリシェヴィキ活動」によって死刑判決も受けたメリグーノフが、レーニン時代のチェー・カー(非常委員会)による恐怖支配の実態を赤裸々に描く。
【目次】
はじめに
「悪党を粉砕せよ!」 著者から初版と第二版へ
追記(資料について)
1 人質制度
2 「テロルが絡み合う」
3 血まみれの統計
一九一八年
一九一九年
一九二〇年
北部で
ヂェニーキン以後
ヴラーンゲリ以後のクリミア
一九二一年
一九二二~二三年
一九二四年
4 内戦で
5 「階級的テロル」
6 チェー・カーの横暴
処刑の厚顔無恥
虐待と拷問
刑吏のやり放題
死刑囚
女性への虐待
「ブルジョワジーの迫害」
7 監獄と流刑
8 「誇りと名誉」
コンラーディ裁判についていくつか むすびに替えて
本書に関する若干の解説 あとがきに替えて 梶川伸一
1 メリグーノフについて
2 「十月体制」とチェー・カー
3 「赤色テロル」による農村支配
4 生存をかけての農民蜂起
5 「赤色テロル」による民衆弾圧
6 強まる飢饉の犠牲
7 飢饉援助と教会弾圧
セルゲイ・ペトローヴィッチ・メリグーノフ
1879~1956年
モスクワ大学歴史文学部在学中に学生運動に参加し、同時に様々な雑誌の編集にも関わる。1907年以後、ナロードニキの流れをくむ人民社会主義(エヌエス)党員となる。十月政変後、いくつかの反ボリシェヴィキ闘争に関わり、チェー・カーによって再三逮捕される。1919年、「民主主義」をスローガンに掲げた反ボリシェヴィキ組織「戦術センター」に参加した。20年に逮捕され、死刑判決を受ける(のち減刑)。女性ナロードニキ活動家ヴェーラ・フィグネルやクロポートキンの尽力によって最終的に釈放された。
梶川伸一
1949年金沢市生まれ。文学博士。
京都大学大学院博士後期課程(現代史)満期終了、現在、金沢大学・教授
おもな仕事 著書 『飢餓の革命:ロシア十月革命と農民』、名古屋大学出版会、1997年
『ボリシェヴィキ権力とロシア農民:戦時共産主義下の農村』、ミネルヴァ書房、1998年
『幻想の革命:十月革命からネップへ』、京都大学学術出版会、2004年
論文 「共産主義「幻想」と1921年危機」(奥田央編『20世紀ロシア農民史』、社会評論社、2006年、所収)
ほか
[図書新聞 2010/6/26]
メリグーノフの炯眼は、モスクワのルビャンカに本部を置くヴェー・チェー・カーが、すでに一種の国家内国家と化した事態を見ぬいていた。司法組織ではなく「容赦のない懲罰」組織を意味したこの国家内国家こそが、ジェノヴィエフの自画自賛した「共産党の美と誇り」の真実だった。







