社会評論社 出版図書目録
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戦争と平和 【空襲・原水爆】
| 価格: | 2300円+税 |
|---|---|
| 発行日: | 2006年12月 |
| 版型: | 四六判 |
| ページ数: | |
| ISBNコード: | ISBN978-4-7845-0567-8 |
| Cコード: |
1945年5月29日、わずか一時間ほどの空襲で7000人を超える横浜の市民が犠牲となった。日本の中国侵略にはじまる無差別殺戮としての空襲、逃げることを許さなかった政府。庶民の被害と加害を描く。(2006・12)
【目次】
はじめに─今なぜ空襲のことを
第一章 火の雨を生んだ歴史─戦略爆撃の登場
戦争の現実を見ないところで
戦略爆撃の登場
重慶爆撃のはじまり
一九三九年、「五・三、五・四」空襲
一九四〇年、百一号作戦
一九四一年、隧道大惨案と百二号作戦
遠藤三郎の意見書「重慶爆撃無用論」─上からの目線による上層部批判
日本人の目にうつった重慶爆撃
ヨーロッパ戦線の都市爆撃
やがてブーメランのように
カーチス=ルメイの登場と焦土作戦
第二章 火の雨を招きよせた者たち─軍指導者の責任
軍防空の貧弱と無策
民防空の駆り出し
対米英戦勃発と防空法改定
ドゥーリットル空襲
B29の登場と国民に隠された「空襲判断」
「空襲今や必至なり」
東条の激怒
B29本土空襲の始まり
体当たり戦法
迎撃機は飛ばすな、「分散、遮蔽」せよ
大本営発表
都市無差別絨毯爆撃の開始
決号作戦
横浜空襲と軍防空
そして“国体”を残すためだけに
第三章 火の雨の下に縛りつけた者たち─防空法体制の足枷
防空法の成立と民防空の強化
軍防空がだめなら、民防空で
退去する者は「非国民」
第二次防空法─退去の禁止、制限
本土空襲迫る中で─町会・隣組の強化
民防空のマニュアル「時局防空必携」
第三次防空法─疎開の始まり
「民防空強化方策案」
B29初空襲と「中央防空計画」
防空壕
貧弱な日本の防空壕対策─重慶との比較
「動揺としろうと考えの混合」だったのか
「防空壕」ではなく「待避壕」、「避難」ではなく「待避」
緊急避難
本土空襲本格化す
町会と隣組─市民生活の根っこから
町会、隣組の制度化
横浜市の場合
生活のすみずみまで
必勝敢闘の心構えを!
“活躍”する回覧板
東京大空襲はどう伝えられ、何が“教訓化”されたのか
権力としての隣組
言論による包囲網
「関東防空大演習を嗤う」
言論統制の強化と軍への迎合
「決戦輿論指導方策要綱」
国策の拡声器として
清沢洌の徳富蘇峰批判
その時横浜で
「逃げるな、不埒者!」
「敗戦的逃避者」の一掃を!
その日、人々は逃げることができなかった
戦後日本の戦争犠牲者「救済」の発想
第四章 あの日、火の雨の下で─一九四五年五月二十九日の横浜
もう一度あの写真から
その朝の我が家
横浜空襲のはじまり
M69焼夷弾─火の雨の正体
平均弾着点〇七九〇五三
東国民学校
黄金町駅の地獄図
炎の海
三春台一帯の壊滅
空襲が終わったあと
母たちの遺体
「数」にさえなれなかった死者たち
最後に─「影」に目を凝らして
おわりに
引用・参考文献
加藤修弘
1943年生まれ。都立高校教員。
共編著『ある日本兵の二つの戦場─近藤一の終わらない戦争』(社会評論社、2005年)。『流れ坑夫 大井兼雄さんについての覚書』(私家版、1987年)、論稿「大娘たちの村を襲った戦争」(『黄土の村の性暴力』創土社所収、2004年)ほか。




