社会評論社 出版図書目録
2010年版
お申込みは info@shahyo.com
トップ > 図書目録 > 戦争と平和 【戦争の残響】 > 書籍詳細 : 英国空軍少将の見た日本占領と朝鮮戦争
戦争と平和 【戦争の残響】
連合国軍隊が敗戦国日本に進駐。
英連邦占領軍の司令部は岩国に。
その空軍司令官バウチャー少将が語るもうひとつの戦後史。
両大戦と朝鮮戦争に参戦したイギリス人の日本体験記!
【目次】
はじめに 編者ドロシー・ブリトン(レィディ・バウチャー) 3
Ⅰ 日本占領 5
Ⅱ 束の間の退役 37
Ⅲ マッカーサーと朝鮮戦争 49
Ⅳ 「バウチャーの書きっぷりが気に入ったね」 107
ウインストン・チャーチルとの一日
Ⅴ 聖クレメント・デーンズ 121
バウチャーが日本に出会うまで ドロシー・ブリトン 139
編者ドロシー・ブリトンについて 加藤恭子 189
訳者あとがき 205
サー・セシル・バウチャー
1895年英国に生まれる。第一次世界大戦中は英国陸軍砲兵隊員としてパレスティナに従軍。のちに空軍に入り、1918年には空軍士官となり、エジプトで空軍教官となる。1922年から25年にはファーンボローで、テストパイロット。1930年、空軍士官学校を卒業。1932年から1935年、インド空軍を創設。1940年のバトル・オブ・ブリテンでは、ロンドンのホーンチャーチ地区の指揮をとる。1945年のノルマンディ作戦ではスピットファイア戦闘機で空から上陸を支援。同年ビルマの司令官となる。1945?1948年、日本占領の英連邦空軍司令官として岩国に滞在。朝鮮戦争中は英国陸海空軍参謀総長直属の個人代表としてマッカーサー司令部に参加。1968年にドロシー・ブリトンと結婚し葉山に住む。1979年に死去。
今井萬亀子
1944年生まれ。1960年学習院大学文学部英文科卒業。共訳書にスタンレー・ベネット『戦場から送り続けた手紙??ある米軍士官の太平洋戦争』(ジャパン・タイムズ)。
加藤恭子
1929年生まれ。早稲田大学文学部仏文科を卒業と同時に渡米・留学。ワシントン大学修士号。65年早稲田大学大学院博士課程修了。65年から 72年マサチューセッツ大学で研究生活を送る。73?95年上智大学講師。現在は、(財)地域社会研究所理事。専攻はフランス中世文学。主な著書に『アーサー王伝説紀行』(中公新書)、『「星の王子さま」をフランス語で読む』(ちくま学芸文庫)、『昭和天皇「謝罪詔勅草稿」の発見』(文藝春秋)、『昭和天皇と田島道治と吉田茂』(人文書館)など多数。また編著に『私は日本のここが好き!』(出窓社)などがある。第43回日本エッセイスト・クラブ賞、第11 回ヨゼフ・ロゲンドルフ賞、第65回文藝春秋読者賞受賞。
ドロシー・ブリトン
本名 レィディ・バウチャー
1922年横浜生まれ。13歳で離日、アメリカや英国に住んだあと、1949年に日本へ帰り英国大使館に勤務。
『奥の細道』『銀のボンボニエール』などを英訳。英語と日本語で多くのエッセイを発表。作詞、作曲、ハープの演奏家でもある。
1968年にサー・セシル・バウチャーと結婚したことにより、レィディ・バウチャーとなる。1979年のバウチャーの死後、彼の『回想録』を編集し、英国で出版。遺児のデレックと共に葉山で暮らしている。





