トップ > 書評

書評


2006年

李香蘭、そして私の満州体験』 / [静岡新聞2006年12月18日インタビュー] 2006/12/18

今回の執筆前から淑子の半生をたどり、中国各地を巡りました。淑子は何度も世の転換を経験し、その都度変身をしています。当時のアジアをめぐる動きは現在に通じるものがあり、現代の私たちが学ぶことも多い。対をベースにアジアを眺め、日本との価値観や違いなどを伝えていきたいと思います。

女たちの共同体』 / [派兵CHECK] 2006/12/15

著者の西村光子は「七〇年代リブと同時代に生き」、「図書館でたまたま手に取った田中美津の『いのちの女たちへ』に深く共鳴し」、「リブの呼びかけた女の共同性への構築に魅了され」、地域で共同保育所をつくる(序章)。同時に彼女は、そのとき活動家仲間と「すでに結婚し」、障害施設で働き子どもを育て反戦運動をしながら、「活動の場でも仕事の場でも、育児の場面でも中途半端な自分でしかない『引き裂かれた自己』であったこと」を「一番苦しく」感じる。そして、「全面的に」「あたしのままで」生きたい、というリブの言葉と共同体に、自分の鬱屈の基盤が社会構造にあることを看破するだけでなく、女が女であるからこそつながってできる社会改革の実践の輝きを見出した(あとがき)、まさに当事者なのである。

李香蘭、そして私の満州体験』 / [静岡新聞] 2006/12/6

富士市出身の羽田さんは一九七二年からタイに在住、国際的な社会活動を続けている。日中戦争のさなか、国策映画会社によって中国人女優、李香蘭としてデビュー、戦後は国会議員にもなった山口淑子の面影を中国にたどりながら、戦中に幼少期を過ごした世代の一人としての思いをつづった。

世界飛び地大全』 / [出版ニュース] 2006/11/6

世界には数々の分断された領土「飛び地」が存在する。吉田一郎著『世界飛び地大全』は、世界の「飛び地」を網羅したもので、日本ではもとより世界でも例のない一書ではないか。〈中略〉収録の全ての飛び地の地図は一から作図したという。また多数の古地図も興味深い。著者が飛び地に興味を覚えたのは学生の時。その後は中国語を勉強するために80年代半ば、香港に留学した。家賃が一番安いアパートを捜したところ、中国領の飛び地(九龍城砦)に住むことになった。この九龍城砦は「過去に存在した飛び地」の一つとして紹介。ここは「正真正銘の『無法地帯』を生んだ飛び地の中の飛び地」であった。

世界飛び地大全』 / [ダカーポ 594] 2006/11/1

飛び地を切り口に、歴史的な領土の変遷を植民地主義、民族主義、そして宗教を横糸にして、大変解りやすく解説してくれる本書は、歴史が好きな人だけでなく、地理の好きな人にもお勧めです。世界地図やGoogle Earthなどを見ながら読むと、つい引き込まれてしまい、時間が経つのを忘れてしまうこと請け合いです。

世界飛び地大全』 / [インターネット新聞JANJAN] 2006/10/26

飛び地を切り口に、歴史的な領土の変遷を植民地主義、民族主義、そして宗教を横糸にして、大変解りやすく解説してくれる本書は、歴史が好きな人だけでなく、地理の好きな人にもお勧めです。世界地図やGoogle Earthなどを見ながら読むと、つい引き込まれてしまい、時間が経つのを忘れてしまうこと請け合いです。

▲ページTOPへ

大正アウトロー奇譚』 / [北日本新聞2005年10月21日号] 2006/10/21

玉川が評論の対象に選ぶのは、社会の権威や権力から外れたものが多い。玉川の筆は、生き生きと対象に迫る。権威と無縁なアウトローな人間だからこそ、その魅力を存分に語ることができる。玉川は自分の書くべき世界を見つけていた。~生前から企画が進んでいた玉川信明セレクション「日本アウトロー烈傳」全五巻(社会評論社)の刊行を待たずの死だった。

坊主白書』 / [寺門興隆] 2006/10/6

元新聞記者で禅僧の宗教ジャーナリストが現代日本仏教と僧侶の世界を鋭く描く。

女たちの共同体』 / [インパクション2006年155号] 2006/10/6

リブを研究するにあたって、著者は共同体=コレクティブに焦点をあてた。当時のリブ運動のなかで、生活と活動を一体としたコレクティブは、運動の最高の到達点、規範的なモデルだとみなされていた。「リブ新宿センター」や「東京こむうぬ」の活動は、「リブニュース」などのミニコミを通じて伝えられ、それに参加しない/できない者を励ますと同時に、ある種の後ろめたさを感じさせたものだ。この本は、東京だけでなく、札幌・関西・九州と日本のあちこちに誕生した多様なコレクティブを紹介していく。

世界飛び地大全』 / [インターネット新聞JANJAN] 2006/10/6

世界地図を眺めていると、国際間の飛び地がいくつかあります。よく知られている場所は、アメリカのアラスカや、ロシアのカリーニングラードなどですが、日本で売っている一般の世界地図には載っていない村だけの飛び地や、家が数軒あるだけの飛び地、さらに人も住めないミクロな飛び地まで存在しています。
  このような、不思議な国境線の舞台裏を解説したのが本書です。飛び地には飛び地なりの事情があります。つながっていない領土の謎を一気に世界史・地理・国際関係学的に解明します。

売女でもなく、忍従の女でもなく』 / [社会新報] 2006/9/20

書名の「売女でもなく、忍従の女でもなく」は行進のスローガンであり、運動体の名称でもある。当事者の女性自らが現実を語ることに加え、冷静な洞察も本書の魅力である。社会的分断の克服に必要なものは何か。宗教や人種や性の違いを超えて、集団ではなく、平等な1人ひとりの市民から共和国は構成されるという理念。統合政策がうまくいっていないからと言って、理念を捨てることで問題は解決するのか。9.11以降、移民の集団的権利を認める多文化主義の国でも、問題は深刻化している。政教分離、平等、混成の共和国を求める彼女たちの運動は政府をも動かす。その言葉の重みを受け止めたい。
-------------------------------------------------------------------------------- [評者 鳴子博子]

坊主白書』 / [毎日新聞] 2006/9/18

特に伝統教団には厳しく「諸悪のルーツ」「金集めに熱心」と辛口コメントが並ぶが、最後は「ボーズ・ビー・アンビシャス」と愛情も見える。

▲ページTOPへ

世界飛び地大全』 / [日本語教育新聞] 2006/9/1

「飛び地と植民地の違いは?」この質問にすっきり答えられなかった方の『世界飛び地大全-不思議な国境線の舞台裏』(吉田一郎著・社会評論社)。アラスカはアメリカの飛び地であると知っている人は多い。誰もが世界地図を見て、「なぜここに他国の飛び地があるの?」と疑問視したことがあるはず。でも、その「なぜ」について説き明かした本が他にあっただろうか。本書では、周囲を囲まれた小さな植民地を「飛び地のような植民地」として取り上げており、飛び地と植民地を歴史を比較して読むこともできる。全ての地域に年表や地図付でやさしく解説。

地域からの戦争動員』 / [ふぇみん] 2006/8/15

本書は平時から有事の際の対処が日常化されていく事例を挙げて、保護と言えば聞こえはいいが、要は戦争になれば国民に協力・強制を求める戦争協力法であることを丁寧に分析している。

地域からの戦争動員』 / [社会新報] 2006/7/12

本書は、都内を中心とする自治体議員や市民グループなどによる国民保護計画問題への取り組みを緊急にまとめたもの。議会、行政、動員対象となる公共指定機関(交通)、基地を抱える自治体の現場からの報告や、外国人、障害者、野宿労働者の人権を擁護する立場からの問題提起などが収められている。

トービン税入門』 / [世界経済評論2006年7月号] 2006/7/6

これらの処方箋の核心に、1一九七二年にジェームズ・トービンが提唱したあらゆる為替取引に課税を行うトービン税があり、後にこれを発展させた通貨取引税がある。この税を起点として、通貨投機を抑制する方策が考案され、多国籍企業の脱税、租税回避を防ぐ必要性が明確になり、他のグローバル課税(たとえば、国際炭素税や武器取引税など)への展開が芽生え、これらの実施、税収管理の必要性から生じる国際機関の民主化の議論につながるという具合に、トービン税は「もうひとつの世界」をめざすグローバルガヴァナンスの探求に、重要な切り口を与えている。
このようにあらゆる処方箋の原点としてトービン税とその後の発展構想があり、海外ではこれらに関する多くの著書、論文が出版されている。他方日本では、トービン税構想の重要性にもかかわらず、これまで著書としてまるまるトービン税課税を論じたものはなかった。それゆえ、冒頭で「待望の本が出版された」と記したのである。

トービン税入門』 / [赤旗2006年6月18日] 2006/6/18

一九七二年に通貨の国際取引に課税することで、マネーの暴走に歯止めをかけようという呼びかけをした近代経済学者がいた。ノーベル経済学賞を受賞したジェームズ・トービンである。そのため通貨取引税というアイデアは「トービン税」と呼ばれるようになった。本書は、市民団体と学者が共同で作成してきた最新の構想案を要領よく解説したもの。著者はフランス出身のエコノミストで、トービン税の実現をめざす市民団体「アタック」のメンバーである。著者は言う。通貨取引に0.1%という低率の税金を課したばあい、課税を忌避して取引額が三分の一に縮小したとしても、一千億ドルという巨額の税収を得ることができる。この税収を活用するならば、「貧困者の半減」といった、国連の掲げる「ミレニアム開発目標」の達成が可能となる。

トービン税入門』 / [出版ニュース2006年6月中旬号] 2006/6/1

本書は、トービン税の起源から、その中身、実現可能な指針まで、トービン税を学び、活用するためのテキスト的役割も備えた実践論である。〈金融の奪回はオルタナティブな経済政策を実行に移すための出発点である〉というように、著者は政治的実現可能性を前提として、今日の国際的通貨投機、通貨取引の構造に一石を投じる対抗戦略と社会運動の方法論を定時している。日本では関心は薄いが本書によって深化したトービン税構想の全体像を理解することができる。

▲ページTOPへ

反魂丹(はんごんたん)の文化史』 / [出版ニュース] 2006/4/6

ここでは江戸時代に始まる売薬の歴史から、独特な商法、売薬人の生活など、資料と数十人の売薬人の口述をもとに描かれる。近代庶民生活史としても貴重な労作。

東アジア・交錯するナショナリズム』 / [Asia Wave 2006年4月号] 2006/4/6

中国でのインターネットの隆盛について、「インターネットが、日本など民主的な社会以上に過信される傾向があるのも中国の特徴だ。日本では新聞やテレビの報道の方がネットの書き込みなどより正確と受け止められるが、中国では逆だ。当局の規制が届きにくいネットにこそ真実が露出していると思いこむ。この結果、誤ったとんでもない情報が口コミ同様にネット上で独り歩きする。これがナショナリズムを暴走させる結果を生んでいる」と指摘している。世界市民を形成するかに見えるインターネットが愛国精神の熱狂的発揚に大きな役割を果たしているという逆説に唸ってしまう。

蓮月』 / [女性ニュース] 2006/3/20

当時の40代半ばの女性としては考えられないことだろう。家からも自立しひとりで暮らし、自ら定めた共同墓地で眠る。中年からの後半生の自立した生き方の見事さに共感し、感動する。

反魂丹(はんごんたん)の文化史』 / [図書新聞『玉川信明著『反魂丹の文化史』を読む]] 2006/3/4

一年のうち、百日も二百日も故郷から離れる生活は、独特な生活形態、工夫、知識、文化を産んできた。柳田国男は、この一大行商集団を〈人文的漂泊者〉と呼んだ。富山県だけでなく、広く日本の庶民史、文化の基層の主体者である。それだけにメディアの限られた時代の情報や文化の伝達者としての大きな役割も果たしてきたし、エピソードも沢山ある。玉川さんは、そんな庶民生活の体験実相、つまり古老に聞き書きしたものを『売薬諸国噺』として、後日編んでみたい、とこの本のあとがきで書いていた。

大正アウトロー奇譚』 / [図書新聞『対談「玉川セレクション」をめぐって』]] 2006/3/4

鈴木義昭:玉川さんは「夢はリバータリアン」という文章の中で「社会運動専門職としてのアナキストではない、自由と抵抗の番外地人物-すなわし”リバータリアン”たちを一纏めに研究する価値は充分にあるのだ」と言っています。「マイナーであるところにこの種の人物の詩と真実があった」とも。これは、そのまま玉川信明その人にも当て嵌まると思いますね。

秋田県における朝鮮人強制連行』 / [ひろば203号] 2006/2/2

この強制労働させられた朝鮮人、また一緒に働いた日本人、それぞれが働いていた現場を求めて歩くのは困難を極めた。戦後五十年、六十年と歳月は「人間の記憶」を風化させると共に、老齢化と死亡とで閉ざされていく一方だった。それを探し当てて訪ねても、証言を拒否されたり、なにをいまさら探すのかと疑いの目で見られたりもした。「朝鮮人」という言葉自体に対しての違和感さえも持つ人が多かったのである。私も野添憲次氏の取り組みに共感して同じ調査団に参加しているが、友人からはやめた方がよいと何度も言われた。調査は絶望的な時期もあったが、根気よく取り組んだ結果、これまでの十年間の労苦の結晶として調査記録を一冊にまとめて世に出すことになった。

▲ページTOPへ

秋田県における朝鮮人強制連行』 / [図書新聞] 2006/1/28

野添氏はそう述べた。その空白を埋め、死者たちの痕跡を追って、調査団の10年にわたる活動を記録したのが『秋田県における朝鮮人強制連行』である。現地踏査のほか朝鮮人連行者の証言、日本人目撃者の証言がともに収められている。それは聞き書きと同時に、「ともに在る」共死の記憶を掘り起こす試みであるといえる。

反魂丹(はんごんたん)の文化史』 / [岩手日報] 2006/1/14

日本各地、そして近代になっては台湾や旧満州にまで足を延ばした富山の薬売り。彼らは行った土地の人びとと話し合い、遊び、助け合ってくるという関係を築いていた。心と心の通じ合い、文化的役割も兼ねていたと著者は言う。手渡されたものは薬という「商品」だけではなかったのだ。