●[歴史学研究 第813号]

『ある日本兵の二つの戦場』

「その[戦闘の]究極の結末は、人間の殺戮である。国家や集団の生き残りにかんするイデオロギーの問題や政治問題がどうであっても、敵と接触した一人の兵隊を動かす動機は、自分を殺そうとする者たちを殺さなければならないということである。戦闘行為の根底にあるのはこの単純な精神にうらづけられた衝動にほかならない」。戦場で戦闘する兵士にとっては連合国軍も日本軍も関係なく、ただ人間を殺すという一点に全神経を集中させる。そういう状況を作り出してはならない。そのためにはどう考えどう行動すればよいのか、近藤一の語りを中心に構成された本書は、このことを我々に問いかけている。

[評者 松村高夫]



●[毎日新聞05/12/20あきたワイド]

『秋田県における朝鮮人強制連行』

朝鮮半島から県内の鉱山などに強制連行された人たちの調査記録をまとめた「秋田県における朝鮮人強制連行」が出版された。96年5月に発足した「秋田県朝鮮人強制連行真相調査団」が10年間にわたって続けた調査と証言の記録で、調査団の代表委員を務め、毎日新聞「とうほく彩発見」も執筆している野添憲治さん編著。



●[世界へ 未来へ 9条連ニュースNo.132]

『秋田県における朝鮮人強制連行』

著者は、県内でおこなわれた朝鮮人強制連行という事実を掘り起こして次世代に伝える責務がある、との思いで調査活動を続けてきました。本書は、その10年間の調査活動の結晶です。多くの鉱山での強制労働の実態、朝鮮人連行者の証言と目撃した日本人の証言など、埋もれていた慟哭の歴史に光をあてている貴重な一冊です。



●[北羽新報2005年11月25日号]

『秋田県における朝鮮人強制連行』

野添さんが事務局長を務める県朝鮮人強制連行真相調査団の41回に上る現地調査報告と、連行された朝鮮人らの証言などを集めた労作となっている。同調査団は8年5月に発足。これまで調査されることのなかった県内の朝鮮人強制連行に光を当てる作業を続け、この10年間で73事業場、1万4295人の所在を明らかにした。



●[図書新聞]

『秋田県における朝鮮人強制連行』

野添さんが事務局長を務める県朝鮮人強制連行真相調査団の41回に上る現地調査報告と、連行された朝鮮人らの証言などを集めた労作となっている。同調査団は8年5月に発足。これまで調査されることのなかった県内の朝鮮人強制連行に光を当てる作業を続け、この10年間で73事業場、1万4295人の所在を明らかにした。



●[図書新聞1月28日書評]

『秋田県における朝鮮人強制連行』

野添氏はそう述べた。その空白を埋め、死者たちの痕跡を追って、調査団の10年にわたる活動を記録したのが『秋田県における朝鮮人強制連行』である。現地踏査のほか朝鮮人連行者の証言、日本人目撃者の証言がともに収められている。それは聞き書きと同時に、「ともに在る」共死の記憶を掘り起こす試みであるといえる。



●[ひろば203号2006年2月2日]

『秋田県における朝鮮人強制連行』

この強制労働させられた朝鮮人、また一緒に働いた日本人、それぞれが働いていた現場を求めて歩くのは困難を極めた。戦後五十年、六十年と歳月は「人間の記憶」を風化させると共に、老齢化と死亡とで閉ざされていく一方だった。それを探し当てて訪ねても、証言を拒否されたり、なにをいまさら探すのかと疑いの目で見られたりもした。「朝鮮人」という言葉自体に対しての違和感さえも持つ人が多かったのである。私も野添憲次氏の取り組みに共感して同じ調査団に参加しているが、友人からはやめた方がよいと何度も言われた。調査は絶望的な時期もあったが、根気よく取り組んだ結果、これまでの十年間の労苦の結晶として調査記録を一冊にまとめて世に出すことになった。



●[週刊金曜日2005年12月9日号]

『甦れ!ロウドウクミアイ

JR総連現副委員長である著者が、冒頭では福知山線脱線事故を切り口にして企業社会とそのなかに編みこまれた労働運動が生産現場にどのような状況を生み出しているか、を検証する。



●[出版ニュース2005年11月月中旬号]

著者自身が副委員長を務めるJR総連の国鉄民営化後の経験、とりわけJR西日本の組合分裂工作の激しさと、安全より収益を優先する企業体質のなかでの「安全の追求」の闘いを振り返り、この「安全の追求」という課題が労働運動のなかに正しく位置づけられたとき、労働運動は混迷を脱して、新たな道に踏み出すことができると説く。



●[図書新聞 2005/9/3

加藤一夫、河田いこひ、東條文規『日本の植民地図書館』

「ところでこの「外地」であるが、その来歴や統治形態など千差万別であり、ひと括りにするには無理がある。そこで経営された図書館も、その設置目的や利用対象などさまざまで、一概に述べることは難しい。その難事業に挑み、戦前期日本が近隣アジア諸国で経営した植民地図書館の活動を概説したのが本書である。」


●[労働情報8月15日・9月1日合併号

松沢弘『フジサンケイ帝国の内乱』

本書は具体的で面白い。ホリエモンとフジテレビの争いはもとより、悪名高き「産
経残酷物語」や日枝久一派による鹿内一族の追放劇、フジテレビの前近代的な暴力的
株主総会。そしてマスコミの本性にまつわるできごとの数々を縦横無尽に切り刻み、
まな板の上にのせる。同業者の恥部は報道しないというマスコミ界の暗黙の合意が行
き渡っているからなのか、腰の引けたマスコミの力のない文体に慣らされた目には、
著者の容赦なく本質を抉り出す筆致はまことに新鮮に映ることだろう。まっとうな
ジャーナリズムとはこうでなくっちゃ、と思わずうなずく一冊。そしてマスコミ界だ
けでなくあらゆる現場で呻吟する労働者への連帯の一冊だ。

[評者]村上茂樹(ジャーナリスト)


●[思想運動 2005/8/1・15

松沢弘『フジサンケイ帝国の内乱』

「1960年代後半から70年にかけての学生運動を経験し、失意に陥り、就職後、一旦は「でもしか記者」「企業内ジャーナリスト」に甘んじたという筆者は、労組結成、反解雇闘争の中で言わば再び覚醒し、特に労働運動の重要性を痛感する。そのリアリティーに基づき世相を見つめた“マス・メディアの実体は、「情報、言説」という商品を扱って利益拡大を目指す企業に過ぎない”“日本が本格的な戦争に取り組むとしたら、それは、戦争の悲惨を知る世代が残る自民党ではなく、松下政経塾出身者の居並ぶ民主党によってではないか”“「民営化」という曖昧な言葉の本来の意味は「私有化、私企業化」であり、その使命は利益の極大化−銭儲けでしかない”などの言及は示唆に富み、教えられるものが多い。」

[評者]大西赤人(作家)


●[週刊東洋経済 2005/7/30]

松沢弘『フジサンケイ帝国の内乱』

「評者(斎藤貴男)が日本工業新聞(現紙名=フジサンケイ ビジネスアイ)に在籍していたころ、一回り上の先輩に、有名な特ダネ記者がいた。松沢弘、通称・デカ松さん(同姓で優しいチョロ松さんとの対比で)。新入りの若造にはちょっぴり怖い存在だった。あれから二十余年。デカ松さんはご用組合しかなかった産経グループにまともな労組を立ち上げて不当配転を強いられ、依頼、無能なくせに下にだけは強い経営陣と戦い続けてきた。『フジサンケイ帝国の内乱』(社会評論社)は、その戦いの記録である。グループの支配者はこの間に幾度も替わった。社員たちはその度に「王様は死んだ、新しい王様バンザイ!」の態度を取ったという。〈ここには、価値を生み出す主体としての労働者意識は、その欠片もない〉と嘆じるデカ松さんの思いはいかばかりか。」

[評者]斎藤貴男(ジャーナリスト)


●[北海道新聞 2005/7/24

加藤一夫、河田いこひ、東條文規『日本の植民地図書館』

「戦前、日本が侵略・占領したアジア各地に作られた図書館に、初めて焦点を当てた日本近代図書館史。内国植民地として北海道、樺太の図書館にも触れている。」


●[山陽新聞 2005/7/23

日本近代演劇史研究会編『20世紀の戯曲3』

「日本近代演劇史研究会(西村博子代表)の会員らによる「20世紀の戯曲3現代戯曲の変貌」が出版され、「20世紀の戯曲」シリーズ3部作が完結した。「初の戯曲研究論集を」という井上理恵吉備国際大学教授(演劇学、文学)の発案で始まり、劇作家とその戯曲の研究を通して日本の近現代の演劇史を浮かび上がらせる労作だ。」


●[日本経済新聞 2005/7/17

加藤一夫、河田いこひ、東條文規『日本の植民地図書館』

「前略〜そこから見えてくるのは支配層のための道具、もしくは大衆を強化するための装置としての図書館だ。それは日本が近代化の中で、図書館を社会的にどう位置付けてきたかの投影でもあった。学校教育が第一で、図書館はそれを補助し、思想を善導する機関としての役割を負っていた。だから日本国内では到底実現できない、理想の姿を旧植民地に求めた図書館人もいた。翻って、そうした歴史を歩んだ日本の図書館は大戦を経て転換を遂げたのか。著者は否定的である。改めて、図書館とは何かを考えさせる。」



●[がんばれ闘争団ともにGO! News No.54 2005.7

松沢弘『フジサンケイ帝国の内乱』

「本書は痛快だ。ホリエモンとフジテレビによるニッポン放送の株争奪戦、悪名高き産経残酷物語やフジテレビの暴力的な株主総会の告発。そして企業ジャーナリズムの本質、マスコミの実態、フジサンケイグループの内実にまつわる事象を縦横無尽に切り刻む。ぜひご一読をおすすめしたい。



●[連合通信特信版 2005/7月5日]

松沢弘『フジサンケイ帝国の内乱』

「元産経新聞社記者の松沢氏が自らの経験を基にフジサンケイグループの非民主的な姿を描きつつ、企業にとって労働者や消費者とは何なのかを問う一冊。企業の社会的責任(CSR)が注目されているなか、時宜をえた出版です。」



●[朝日新聞 2005/4月3日]

ルーブナ・メリアンヌ著・堀田一陽『自由に生きる』

「本書の著者、ルーブナ・メリアンヌはフランス在住のアラブ移民の娘だ。仏国民でありながら仏社会からの差別と移民社会の閉鎖性と封建制という二重のくびきのなかで、もがいてきた。男と外を歩くと「売女と街区で噂され」、進学コースに行きたくても移民の高学歴化を望まぬ学校システムが鉄の壁としてそびえる。

だがルーブナは、ホスト国にも移民社会にも遠慮がちな親の世代のようには、頭をたれない。戦う、ブチ切れる、黙らない、前に進む。高校生でありながら、反人種差別運動のリーダーとなる。

男の子たち自身が「問題は『(略)ちんぴらとか能無しっていうイメージをどうやって取り払うか』ってこと」だ、と気づくこと。それが解決だと彼女は言う。

「高校生反乱の姉御」と呼ばれた彼女の手記は、現代の自由の女神の爽快な冒険期でもある。」

[評者]酒井啓子(アジア経済研究所主任研究員)



●[サンデー毎日 2005/2月27日]

内海愛子・石田米子・加藤修弘編『ある日本兵の二つの戦争ー近藤一の終わらない戦争』

「部隊は激戦の末に1200人のうち92人だけが生き残った。その兵士・近藤一は、戦後に異例巡礼で沖縄を訪れてから「語り部」としての活動を始めた」

[評者]酒井啓子(アジア経済研究所主任研究員)



●[図書新聞 2004/6月26日]

堀内光一『アイヌモシリ奪回』

「蝦夷地を『開拓』=収奪した植民地国家ニッポンは、アイヌ民族の訴えを門前払いにする。しかし、アイヌを『文化』の次元に押し止めて自決・自治権を認めず、マジョリティに取り組む同化政策への批判と、その本質に関わる『消されたアイヌ地』返還要求は、実は私たちの人権回復に他ならない。本書は歴史的事実をもとに、何よりそのことを示している。」



●[てんとう虫 2004/6月号]

松岡環『南京戦 閉ざされた記憶を尋ねて』

「この本を作ったすべての人を私は尊敬する。そして、よくぞ証言してくれたと元兵士にも感謝したい。この事実を闇に葬っては決してならない。未来の平和のために。(渡辺えり子=劇団主宰)」



●[東京新聞 2004/5月23日]

増田都子『教育を破壊するのは誰だ!』

「国家主義的な議員や産経新聞をも巻き込んだ騒動に発展したその事件の一部始終を、事実無根の罪を着せられた被害者の立場から明かす。教育の本義を忘れた似非教育者や偽善的な法曹関係者を、怒りとともに告発する苛烈な一冊。」



●[中国新聞 2004/5月17日]

織井青吾『韓国のヒロシマの村・陝川』

「『ここ数年間、遠い記憶の残像を追い続けた。同じように被爆し、韓国へ帰った幼なじみを捜し当てようやく彼の人生をつづることができた』と話すのは東京・国立市の作家織井青吾さん(七三)。社会評論社から『韓国のヒロシマ村・陝川』を出版した。」



●[中国新聞 2004/5月5日]

織井青吾『韓国のヒロシマの村・陝川』

「広島で被爆し、在韓被爆者をテーマに追い続ける東京都国立市のノンフィクション作家織井青吾さん(七三)が『韓国のヒロシマ村・陝川』を刊行した。……取材で通い続けていた陝川での再会、韓さんの広島再訪、国民学校時代の同級生たちとの再会シーンは胸を打つ。」



●[東京新聞 2004/4/25 書評]

金徳龍『朝鮮学校の戦後史』

「一九四五年八月十五日、被植民者として生きていた人々にとって、それは解放の日となった。当時、日本国内には約二百四十万の朝鮮人がいたと言われる。十五日を境に、彼らはどのように自分たちの生をとらえなおそうとしたのか。本書から見えてくるのは『朝鮮人』であることを奪われた人々が、必死で『朝鮮人』であることを取り戻そうとした、血のにじむような営為である。(吉田俊実=東京工科大学助教授・文化研究)」



●[熊本日日新聞 2004/4月18日]

増田都子『教育を破壊するのは誰だ!』

「四百五十ページの大著であるが、教師の抑圧がどこまで進んでいるか、具体的に知ることができる。私は本書を読みながら、とても増田さんの気力は自分にないと感じることがしばしばだった。……本書は青少年が自閉化する傾向に抗して、生徒たちにまっとうに生き抜くことの喜びを伝えている。(野田正彰=精神科医)」



●[図書新聞 2004/4月17日]

石渡博明『昌益研究かけある記』

「本書は『我が日本の国土が生んだ最大思想家にして、世界思想史上にも特筆すべき』昌益に魅了された著者、一人の『昌益ファン』の三十年に及ぶ『追っかけ記録』である。……こうした好著の出版は『吾レ転ニ死シ、穀ニ休シ、人ニ来ル、幾幾トシテ経歳スト雖モ、誓ツテ自然・活真ノ世ト為サン』と言い残して死んだ昌益の時空を超えた強靱な思想的生命力を感じさせる快挙であるといえよう。(泉博幸)」



●[セヌリ 2004/4月号]

織井青吾『韓国のヒロシマの村・陝川』

「清水仁三郎こと韓仁守と著者は、8月6日広島で被爆する。戦後の混乱の中で消息の途絶えていたあの懐かしき清水仁三郎は、ヒロシマ村・陝川で日々を送っていた。『清水仁三郎のことを書いてみたい。なんとしても書かなければ――そう心に決めて幾年が過ぎたことか。』1995年4月のある日、韓国から一通のエアメイルが届けられた。漢字交じりのハングルで書かれた手紙だった……。彼らはどうして故国を離れ、広島にいたのか、遠い記憶を辿る旅が始まる。」



●[鹿児島新聞 2004/1月21日]

浅野健一『「報道加害」の現場を歩く』

「大きな事件が起こるたびにマスコミは集団で押しかけて、被疑者、被害者、周辺住民の日常生活を踏みにじる。本書は、それぞれの事件関係者や報道関係者にインタビューし、今なお続くT犯罪報道の犯罪?Uを警告する。……報道機関で働く人、これからジャーナリストを志す人に必読の書である。(政純一郎)」



●[朝日新聞 ポリティカにっぽん 2004/1月6日]

松岡環『南京戦 閉ざされた記憶を尋ねて』『南京戦 切りさかれた受難者の魂』

「日本の若き兵士が死んだ、殺されたというからには、相手側も死んだり殺されたりしているのが戦争である。例えば松岡環編著『南京戦』(社会評論社)の2冊の証言集をひもとけばよい。1冊目の『閉ざされた記憶を尋ねて』は02年8月15日に出版された。日本人兵士102人を小学校教員の松岡さんたちが一人一人訪ねて南京戦の体験を聴いた。……2冊目の『切り裂かれた受難者の魂』は03年8月15日に出版された。中国側の被害者120人の証言である。……小泉さん、特攻で死んだ若き日本青年たち、小泉さんの少し上の世代が『心ならずも命を落とした』のを悼むのはよい。しかし、そのときは相手側にも『心ならずも死んだ同胞』を悼むたくさんの人びとがいることを思ってほしい。(早野透=朝日新聞社コラムニスト)」


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 ●最終更新日 2005年 3月6日