|刊行情報| 津波とクジラとペンギンと 東日本大震災10年、牡鹿半島・鮎川の地域文化 加藤幸治/著 社会評論社刊

あなたにとって、津波、クジラ、ペンギンにあたるものは何ですか?
*津波 :人間のスケールを超えた「自然」の時間。 (写真 東日本大地震10年の鮎川。加藤幸治)

*津 波

人間のスケールを超えた「自然」の時間。

写真 東日本大地震10年の鮎川。

*クジラ:ふるさとを形づくった三、四世代ほどにわたる「地域」の時間。( 写真 鮎川港に保存展示されている捕鯨船・第16利丸。加藤幸治)

*クジラ

ふるさとを形づくった三、四世代ほどにわたる「地域」の時間。

写真 鮎川港に保存展示されている捕鯨船・第16利丸。

*ペンギン:ひとり一人の暮らしの営みによる「人生」の時間。( 写真 個人宅で大切にされてきたペンギンの剥製。加藤幸治)

*ペンギン

ひとり一人の暮らしの営みによる「人生」の時間。

写真 個人宅で大切にされてきたペンギンの剥製。

著者より

人は3つの時間を生きている。

人間のスケールを超えた「自然」の時間、ふるさとを形づくった3、4世代ほどにわたる「地域」の時間、そしてひとり一人の暮らしの営みによる「人生」の時間。

本書は、東北・三陸海岸の南端、太平洋に突き出した牡鹿半島の先端近くに位置する鮎川の民俗誌である。2011年3月11日の東日本大震災では、震源地に直線でもっとも近い位置にある牡鹿半島にも大津波が襲来し、鮎川をはじめほとんどの浜・浦は壊滅的な被害を出した。

そこからの10年間は、「復興期」という言葉の語感ほどには順調なものではまったくなかった。また、復興とは災害の前日に戻すことではなく、地域の社会・経済の土台となる諸条件がまったく違ったものとなることから、その暮らしのあり様は大きく変化してきた。その変化によって、過去から現在へ至る地域文化への理解、ここから展望する未来のイメージも揺らぎ続けてきた。

鮎川の人々のなかの、3つの時間「自然」「地域」「人生」を象徴するものは、「津波」「クジラ」「ペンギン」である。と、わたしはこの10年の民俗調査から思い至る。

いま、民俗誌が問われている。現代の民俗学が人々とともに描きだす地域像は、時代とともに変わる人々の生活のダイナミズムである。震災と津波で洗われた過去を復元するといった近視眼的な目的にとどまらず、多くの苦難と葛藤を乗り越えてきた地域に埋め込まれた文脈(=地域の人々が大切にしたいものごと)を、いかに見出すかが課題である。

民俗学者の役割は、いわば「露頭から鉱脈を掘り当てる山師」から、「潮の目を読んで網を入れる漁師」へと変換しなければならない。

まちづくりでは、よく「地域文化を掘り起こす」という。しかし、歴史は人が描きだすものである。人が叙述するものであるから、鉱脈のように「そこにあるもの」を掘り当てるのではなく、揺れ動きつづける人々の意識や、過去の意味づけかた、そして未来への展望によって、変化しつづけるものを、共感をもって描きだすことがその仕事である。この10年の鮎川との付き合いから、わたしはこのように考えるにいたった。震災10年でようやく復興まちづくりのスタートラインに立った鮎川の人々に、この民俗誌をおくりたい。

『津波とクジラとペンギンと』はじめに、あとがきより抜粋。

目次

はじめに
津波とクジラとペンギンと
坂口安吾のみた捕鯨の町
復興期に語られる町の印象
復興こそが日常の町

第一章 遥かなる鮎川

1 牡鹿半島・鮎川へのいざない

殷賑なる鮎川の町
入り組んだ湾と画になる風景
探検家アンドリュースによる調査
世界三大漁場の好漁場
鮎川の「黄金時代」
グローバルヒストリーとしての捕鯨
漁業の近代化と町の発展
東日本大震災による壊滅的な被害
産業の活性化と復興まちづくり

2 港の風景・鮎川の町並み

表浜と裏浜の漁浦
大正期の賑わい
昭和中期の賑わい
半島・離島の交通の要衝となった鮎川
鮎川の地域社会
契約講と互助
講の営みと女性の集まり

3 「黄金時代」の風景を思いおこす

アンドリュース『捕鯨砲とカメラでクジラを追う』
伊吹皎三『遥かなる鮎川』
梶野悳三『鯨の町』
坂口安吾『安吾の新日本地理』
「鹿井写真」にみる鮎川の賑わい
隣人愛と記録としての写真
*コラム

第二章 捕鯨の鮎川か、鮎川の捕鯨か

1 「寄り鯨」の伝統と仙台藩の捕鯨

「捕鯨の鮎川か、鮎川の捕鯨か」
ヒゲクジラ、ハクジラ
古くはない鮎川の捕鯨
近代捕鯨の前史
仙台藩による試験捕鯨
「寄り鯨」の伝統
天保飢饉からの復興

2 近代捕鯨の導入と鮎川の捕鯨前史

アメリカ式捕鯨とノルウェー式捕鯨
漁業―捕鯨間で起こる紛争
「抹香城」への熱視線
漁業資本家の台頭
明治三八年凶作からの復興
七浜栄えるが三浜枯れる
西日本の捕鯨企業の進出
捕鯨の周縁にある仕事

3 大企業の前線基地建設と捕鯨産業

捕鯨産業による地域活性化
クジラの臭いは金の匂い
鮎川事業場の位置づけ
日露戦争と鮎川の捕鯨船
世界最新鋭の鮎川事業場
ボックからスリップウェイへ
捕鯨企業各社の牡鹿半島での活動
群雄割拠する金華山沖漁場

4 地元資本の「家業としての捕鯨」

「漁場性漁港」としての鮎川
「産業としての捕鯨」と「家業としての捕鯨」
長谷川親子ミンククジラを捕る
前田式捕鯨銃とノルウェー式小型捕鯨砲の併用
地元資本によるマッコウクジラ漁
鮎川のクジラ供養碑・海難慰霊碑
終戦直後の沿岸捕鯨
捕鯨技術にみる独創性
*コラム

第三章 クジラの臭いは繁栄の匂い

1 「黄金時代」の到来と南氷洋捕鯨

戦後鮎川のクジラ景気
マルハの登場
捕鯨オリンピックの時代
資源管理の国際問題化
南氷洋捕鯨の思い出
南氷洋捕鯨船の年中行事
鮎川港の捕鯨船最多の時期

2 調査捕鯨の時代と小型沿岸捕鯨へ ―商業捕鯨モラトリアム以降 

商業捕鯨モラトリアム
調査捕鯨の時代へ
船乗りたちの世界での活躍
国内管理の小型沿岸捕鯨
小型捕鯨船と乗組員
捕鯨船乗組員のことば
小型沿岸捕鯨コミュニティ
ミンククジラ漁への特化
東日本大震災前後の鮎川の捕鯨

3 航海の記憶「クジラトレジャー」と鯨歯工芸品

「クジラトレジャー」と物語
鮎川における「メモリー・オブジェクト」
玄関や居間に飾るペンギンの剥製
「わが家の文化財」の喪失
クジラの部位標本
クジラ工芸の伝統
マッコウクジラの歯の印鑑

4 クジラのミュージアムと地域文化

捕鯨船をめぐる民俗
東北産業博覧会の「鯨館」
初代のクジラミュージアム・鯨館
昭和三陸津波と震嘯災記念館
クジラ博物館からおしかホエールランドへ
地域文化としての捕鯨
*コラム

第四章 失敗しても磯からやり直せばいい

1 牡鹿半島の環境と明治期までの漁業

世界三大漁場の民俗知識
気象と漁獲をめぐる認識
「待ちの漁業」と「攻めの漁業」
紀州漁民と地元漁民の軋轢
表浜の漁業
失敗しても磯からやり直せばいい

2 漁浦における磯根の漁撈と沿岸漁業

海底の環境の違いと漁業
春が湧き立つようにやってくる
磯根の漁業の営み
南部の先進漁業︱大謀網
養殖業のメッカ︱牡鹿半島
カキ筏の浮かぶ風景
科学的知識と経験的知識
漁業者と捕鯨者の協力

3 鯨肉食と四季の海の幸

鯨肉の流通
クジラ商品と食品のバリエーション
食材としてのクジラ
行事食になりつつある鯨肉食
鮎川の食の名物としてのクジラ
主力商品のクジラの大和煮
「復興めし」
*コラム

第五章 突拍子もないほどの賑わい

1 捕鯨業の繁栄と鯨まつり

鯨祭りの賑わい
鮎川ロケによる映画「鯨と斗う男」
「鹿井写真」のなかの鯨祭り
鯨祭りと七福神舞
七福神舞の伝統文化化
人々をつなぎとめる七福神舞

2 家の行事と暮らしのリズム

正月の年中行事
一〜六月の年中行事
七〜一二月の年中行事
年越しの年中行事

3 修験の道場から開かれた聖地へ ―金華山信仰

修験の聖地・金華山
修験道の支配と金華山
ミロク信仰と金華山
金華山の観光化
黄金伝説とイメージ
ガイドマップとガイドブック
金華山への玄関口としての鮎川
海からみた金華山と漁民の信仰

4 牡鹿半島のむかし話

『旅と伝説』昭和五年五月号
「牡鹿半島の昔話」
盲目のボサマの語り
*コラム

第六章 復興10年と地域文化のこれから

1 化財レスキューで残された民具コレクション

文化財レスキュー活動のはじまり
牡鹿公民館の収蔵庫資料の応急処置
「はたらく棒」を探し出す
見えてきた本来のコレクションのすがた
牡鹿半島の民具コレクション分類
コレクションの特徴ある資料
語り得ぬ忘れられた民具
モノにあらわれる暮らしや技術の工夫
標準化と個別化のモノ
転用と異種混淆のモノ
言説と偏向のモノ
さまざまな「コレクション」

2 海の地域文化

近代水産業の前線基地
流動性と人々の関係性の変化
東日本大震災からの復興と商業捕鯨の再開
地域文化としての捕鯨業
より複雑に入り組んだ地域文化
復興期における水産業の再編成
定住・安定の施策と水産業の現代化
復興政策との意識のズレによる葛藤

3 山の地域文化

荒廃する牡鹿半島の山地
害獣としてのニホンジカ
「金華山化」する牡鹿半島
牡鹿半島における「鹿害」
未知の危機への対処
野生動物との折り合い
動物と人間のコンタクト・ゾーン
シカの駆除とコントロール
シカイメージの再生産

4 生活と復興のなかの地域文化

鮎川の地域文化の独自性
震災から一〇年の民俗調査
文化財・文化遺産における「より良い復興」
文化における「より良い復興」
「語りのオーナーシップ」
牡鹿半島の民俗誌

参考文献
あとがき

牡鹿半島のお品書き2021

牡鹿半島民俗語彙集

著者紹介

加藤幸治(かとうこうじ)

武蔵野美術大学教養文化・学芸員課程教授。

専門は民俗学、博物館学。静岡県出身。総合研究大学院大学文化科学研究科比較文化学専攻修了、博士(文学)。

主な著作として、単著に『渋沢敬三とアチック・ミューゼアム 知の共鳴が創り上げた人文学の理想郷』(勉誠出版、2020年)、『文化遺産シェア時代 価値を深掘る“ずらし”の視角』(社会評論社、2018年)、『復興キュレーション 語りのオーナーシップで作り伝える“くじらまち”』(同、2017年)、『紀伊半島の民俗誌 技術と道具の物質文化論』(同、2012年)、『郷土玩具の新解釈 無意識の“郷愁”はなぜ生まれたか』(同、2011年)がある。

本書に関連する共著としては、日髙真吾編『復興を支える地域の文化 3.11から10年』(国立民族学博物館 2021年3月刊行予定)、菅豊・北條勝貴編『パブリック・ヒストリー入門 開かれた歴史学への挑戦』(勉誠出版 2019年)ほかがある。

 


*本書は、国立民族学博物館 特別展の関連書籍です。

『復興を支える地域の文化 ―3.11から10年』(2021.3.4〜5.18)

災害からの復興の原動力としての「地域文化」、その再生や再発見、継承についての東日本大震災から10年の営みを紹介。

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『津波とクジラとペンギンと 東日本大震災10年、牡鹿半島・鮎川の地域文化』
加藤幸治/著 社会評論社刊 2021年1月刊
定価=本体2400円+税 ISBN978-4-7845-1750-3 四六判並製304頁