人は誰でも生誕のときから、ある種の共同性のなかで生を始める。最初の共同性は家族であり、成長すれば学校や職場に通い始める。けれども生まれてから少しずつ、自己意識が明確な輪郭を取り始めるようになると、人はその属している共同性に何かかみ合わないような、居心地の悪い異和を感じるときが出てくる。
・・・・・・・吉本隆明はこのような自己と家族と、さらには学校や職場、国家といった共同性を区別して、それぞれ「自己幻想」、「対幻想」、「共同幻想」と名づけた。そして、これらの三つの幻想領域の相互の関係を究明していった。本書は、この吉本の三つの幻想領域を理論的な枠組みとして、登校拒否とひきこもりという現在の喫緊の課題に取り組んだものである。
吉本の「自己幻想」、「対幻想」、「共同幻想」の区別と連関への眼差しは、登校拒否やひきこもりが自己と家族と学校や職場といった誰でもが直面し、入り込んでいく相のあり方と重なっている。私たちは「自己幻想」、「対幻想」、「共同幻想」といった各々の連関に着目することで、登校拒否やひきこもりの動的な心性のあり方を立体的に捉えることができる。さらには「共同幻想」の対象化、相対化、無化への途を、登校拒否やひきこもりの事例に即しながら具体的に考えてみたい。
(本書「はじめに」から)
目次
はじめに
第一部 共同幻想・対幻想・自己幻想の関係―登校拒否とひきこもりの根源
第1章 なぜ、登校拒否とひきこもりなのか
第2章 登校拒否・ひきこもりと三つの幻想領域
第3章 共同幻想による自己幻想の侵蝕
第4章 学校教育の共同幻想
第5章 学校教師の共同幻想
第6章 教室の共同幻想
第7章 「遊び」の意義
第8章 自己幻想による共同幻想の受容
第9章 共同幻想による対幻想の侵蝕
第10章 対幻想による共同幻想の受容
第11章 対幻想による自己幻想の侵蝕
第12章 自己幻想による対幻想の受容
第二部 自己幻想の抵抗─登校拒否とひきこもりの意義
第13章 自己幻想による共同幻想の対象化
第14章 共同幻想と身体の逆立
第15章 自己意識の葛藤と言葉・身体
第16章 自己幻想の本質
第17章 自己幻想による生の肯定
第18章 身体の自己表出による生の肯定
第19章 生の実存肯定と生の存在欲求
第三部 自己幻想のつながりと対幻想の再生
第20章 自己の自己幻想から他者の自己幻想へ
第21章 つながる〈私たち〉の共同性と言葉
第22章 〈私たち〉への生の存在欲求と居場所
第23章 対幻想の再生(一)
第24章 対幻想の再生(二)
【補論】支援論
あとがき
著者:伊藤述史(イトウノブフミ)
A5判 上製 216頁 本体価格2300円+税
ISBN 978-4-7845-2819-6
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