|刊行情報| 原初性に基づく知の錬成  アインシュタイン・戦争・ドヤ街生活圏  石塚正英/著

〔文明を支える原初性〕シリーズ第6弾。

はしがき(全文)

コロナ禍が蔓延しだした頃から、私は武蔵国の自宅に籠ってたくさん論文を執筆した。近所に市立図書館があるのでそこを経由して、必要な和書洋書文献を国公立の図書館からどんどん借り受けた。その結果、2020年から23年にかけて5点ほど刊行することとなった。その大凡のテーマは「文明を支える原初性」である。人類は、衣食住や医職自由の獲得を目指して大地を駆け回り、大地を掘り返してきた。辛く苦しい環境ほど人類を賢く育てあげた。その成果は身体知となって文化的に遺伝して今日に至っている。私が研究上で座右の銘にしている「文明を支える原初性」は、人類のそのような歩みの通奏低音をなしている。

カール・マルクスが『資本論』第1部第7編第24章に書いた一文、「大きな財産がきのこのように一日でできあがり、本源的蓄積は一シリングの前貸しも必要としないで進行した」の箇所は、実に含蓄がある。その情景には、謹厳実直な職人よりも損得勘定にたけた貿易商人の姿が浮かんでくる。辛く苦しい環境は人類をずる賢く育てもする。その歩んできた歴史については、科学的思考で杓子定規に組み立てないほうがいい。エゴイズムは、自分の道を切り拓く意味では尊い思想だが、他人の道を横取りしたりする意味では狡猾な思想である。けれども、尊いか狡猾か、それは当事者が存在する諸関係、アンサンブルの中で決まる。

本書に収められている諸論文は、概ねそうした当事者関係性を下地にして書かれている。例えば第1章「量子力学に対する文明論的疑義」では、量子論に疑念を抱くアインシュタインが記されている。第9章「〔生産する教養〕と〔消費する教養〕および〔知の錬成〕」では、本源的蓄積で根絶やしにされたはずの「小農と農村で働く人々の権利に関する国連宣言」が取り上げられている。第15章「ドヤ街生活圏への21世紀的視線」では、生活者の基本的人権・生存権を殺ぐ労働形態・居住形態が今や全国的に拡大している現状が問題にされる。いずれも、一方に尊い思想があって他方に狡猾な思想があって、それらがない交ぜに絡まっている様を討究している。

人権とか生存権の近代的起点である市民革命とか市民社会とかは本当に存在したのか、と勘繰ってみたくなる。かつて高校の世界史教科書には、市民革命の定義として次のような文章が載っていた。「台頭しつつある産業資本家(ブルジョワ)が旧来の封建勢力に代わって政治権力を獲得した出来事。イギリスのピューリタン革命、フランス革命、アメリカ独立革命を典型とする」。この記述は以下の点で曖昧である。①17世紀中葉に産業資本家は未成立であり、未だに狡猾な貿易商人たちが稼いでいた。②ブルジョワとは本来は中世都市市民(商人やギルドの特権層)。③市民革命後の主役は領主の家系から出てきた地主層。④中世の歴史を持たないアメリカは市民革命後の近代国家イギリスから独立しただけ。

そのように曖昧な記述で世界史を学習してきた人々は、先史社会に野蛮や未開の烙印を押して劣等扱いし、市民革命や産業革命をもって社会が進歩し発展してきたことをポジティブに確信している。ほころびをみせた進歩史観を科学史観が補って今日に至っている。私の研究生活は、そうした現代思想に抵抗する現場だ。2010年代に至って、あらゆる国家暴力(フォース)に抵抗してロジャヴァ革命(ヴァイオレンス)を決行したクルディスタンの女性闘志たちに注目するフィールドだ。「文明を支える原初性」というフレーズはその研究精神の表明でもある。長く用いてきた「歴史知(Historiosophy)」もそうである。

わがオンライン・ブログ【歴史知の百学連環】http://ogamachi.livedoor.blog/に、私は以下の文章をエピグラムのように掲げている。「自然と人間、世界と地域、過去と現在、それらは相互に連環し、諸学は相互に連環している。それは歴史知を、身体知を形成する。前近代に起因する知(経験知・感性知)と近現代に特徴的な知(科学知・理性知)を時間軸上で連合(in-cycle)する。感性知と理性知を両極にして相互に往復運動をする、両者あいまって成立する知的パラダイムである。これこそが人類史の21世紀的未来を切り拓く知、【歴史知】なのだ」。本書はそのような研究視座でもって編集されている。

石塚正英


目次

Ⅰ 原初性の探究は未来学の構築に至る
第1章 量子力学に対する文明論的疑義 ―アインシュタインとシモーヌ・ヴェイユ―
第2章 ブロッホ思想の21世紀以降的可能性 ―『希望の原理』コメント―
第3章 原初性の探究は未来学の構築に至る ―収奪技術から還流技術へ―
第4章 コミューンからアソシエーションへの社会転換 ―21世紀におよぶ―
第5章 マルクスの自然観・労働観・価値観 ―労働価値説の桎梏―
第6章  『資本論』は『呪物論』でもある
第7章 布村一夫の共同体関係術語に関するコメント
第8章 〔原始乱婚〕という術語の曖昧さについて

Ⅱ 生産・消費・戦争と教養
第9章 〔生産する教養〕と〔消費する教養〕および〔知の錬成〕
第10章 〈Art & Métier〉を標語とするアルテス·リベラレス ―東京電機大学理工学部における実践報告―
第11章 戦時報国農場(1943-45)に対する農本主義的評価
第12章 エステラ・フィンチにおける戦争と宗教 ―ロシア軍のウクライナ侵攻に鑑みて―
第13章 ウィルソンの十四カ条とコアリション(合従連衡)による集団的自衛
第14章 諸類型横倒しの世界史 ―グローバル・サウスの先へ―
第15章 ドヤ街生活圏への21世紀的視線 ―山谷・釜ヶ崎・寿町を論じる―

Ⅲ 間欠泉のような原初的精神史
第16章 神の〔あらわれ〕は〔表れ 現れ 露れ 顕れ〕のどれが適切か
第17章 先史古代端境期の物証か ―上越市三和区藤塚山の列塚―
第18章 桑取谷の小正月行事〔オーマラ〕について ―映像ドキュメント2本の比較―
第19章 伏見稲荷大社の〔お塚信仰〕に垣間見える原初性
第20章 子ども遊び〔エンガチョ〕についての文化史的考察
第21章 アジール ―坑道の外ではキリストを中では悪魔を崇拝―
第22章 欧羅巴に掠奪されたバンワ人のフェティシュ神像とベニンブロンズ
第23章 スルタンガリエフとオジャランあるいはタタールとクルド


著者 石塚正英 東京電機大学名誉教授。NPO法人頸城野郷土資料室(新潟県知事認証)理事長。


2023年12月5日刊行予定
原初性に基づく知の錬成  アインシュタイン・戦争・ドヤ街生活圏
石塚正英/著
定価=本体3400円+税 ISBN978-4-7845-2802-8 A5判上製344頁


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