寄稿〈甲府の街と空襲の記憶〉ルポライター・室田元美 ─『ルポ 土地の記憶 ─戦争の傷痕は語りつづける─』予告編


予告編1

甲府の街と空襲の記憶

ルポライター 室田元美


1945年7月7日 七夕の空から降ってきたものは・・・

たなばたと空襲・・・なんという不似合いな組み合わせだろうか。本来なら笹を飾り、平和やおのおのの夢、家族の幸せなどを願う日なのだ。そして織姫と彦星が無事に会えるだろうかとロマンチックな気持ちで夜空の星を仰ぎ、満ち足りた気持ちで床につく日なのだ。

けれども1945年7月7日未明、幸せな星がまたたくはずの空を無数の爆撃機が切り裂き、夜空の下で家族は引き離されて逃げ惑い、火に包まれ、地獄絵のような一夜がもたらさられた。

山梨平和ミュージアム ー石橋湛山記念館—」(甲府市朝気)には、何度にもわたる甲府の空襲のようすが詳しく展示されている。

たなばたの夜に爆撃を受けたため「たなばた空襲」(*注)と呼ばれるこの空襲では深夜の約2時間、静岡から北上してきた120機のアメリカの爆撃機B29が甲府とその周辺を焼き尽くしたのだ。午後11時23分に空襲警報が鳴った。寝静まった人々を絨毯爆撃が容赦なく襲い、民家のみならず甲府市役所、銀行や裁判所、国民学校、新聞社などを軒並み燃やし尽くした。街は火に包まれて市街地の74%が灰燼に帰したとあるから、夜が明けたときには一面の焼け野原であっただろう。たなばたの夜のわずかな時間に、1127名の命が奪われたのである。しかしそもそもなぜ甲府が空襲を受けることになったのか・・・このミュージアムでは、空襲の被害だけではなく、日本の帝国主義がもたらした戦争の加害性も問いかけている。

戦災殉難者慰霊「いしずえ地蔵尊」(撮影 室田)

甲府の街を歩くと、たなばた空襲の記憶を伝えるものが見つかる。そのひとつ、戦災殉難者慰霊「いしずえ地蔵尊」は、市内の家族連れがよく訪れる遊亀(ゆうき)公園のそばの一蓮寺境内にある。暑いさなかの空襲で亡くなった人々は、この地をはじめいくつかの場所に仮埋葬された。その跡地に供養のために建てられたお地蔵さんだそうだ。遊亀公園には附属の動物園もあり、子どもたちも多くやってくる。

さらに先へ進む。迷いながらも住宅地の中にある湯田小学校にたどりつくことができた。現在の正門のほかに、空襲で焼け残った旧正門が保存されているはずだ。

あった。校庭の大きな木の下に、古びた石の旧正門が戦争遺跡として形をとどめていた。

動物園で、学校で、子どもたちのはしゃぐ明るい声が聞こえてくる。70数年前の空襲で亡くなった子どもたちが、遠くからいまの子どもたちを見守っているようにも思える。

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満蒙開拓団を送り出した村から

 


(*注)同年7月7日未明、千葉市内でも空襲があり、こちらも「七夕空襲」と呼ばれている。

<参考資料>
ブックレット『山梨の戦争遺跡』浅川保 他共著(NPO法人 山梨平和ミュージアム─石橋湛山記念館─)

※この投稿記事は、『ルポ 土地の記憶 ─戦争の傷痕は語りつづける─』の内容の一部を著者よりご寄稿いただくものです。(社会評論社)

既 刊


2010年8月刊

室田元美/著

ルポ 悼みの列島
あの日、日本のどこかで

四六判並製・286頁 定価=本体2000円+税
ISBN978-4-7845-0596-8

戦争と人をめぐる旅。語り伝える人びとをたずねて。
  • 第1章 レジャー湖の水底で起こっていたこと [神奈川県・相模湖ダム]
  • 第2章 地図から消された、毒ガスの島 [広島県・大久野島]
  • 第3章 8月は、もうひとつの鎮魂の月 [京都府・舞鶴 浮島丸事件]
  • 第4章 骨を掘る、若者たち [北海道宗谷郡・猿払村]
  • 第5章 ひとの命の重さが計られた [長野県・松代大本営]
  • 第6章 「首都防衛」の名残りを歩く [千葉県・館山]
  • 第7章 「従軍慰安婦の碑」は語る [千葉県・かにた婦人の村]
  • 第8章 大都会のミステリー、人骨の謎を追う [東京都・陸軍軍医学校跡地]
  • 第9章 異国で被爆した人びと [長崎県・岡まさはる記念長崎平和資料館]
  • 第10章 朝鮮半島との古い交流と、あの戦争 [大阪府・タチソのトンネル群]
  • 第11章 Yデーに備え、地下壕を掘った [横須賀市・貝山地下壕]
  • 第12章 住民の心にも残る「とげ」 [秋田県・花岡事件]
  • 第13章 日中友好と反戦平和のために [埼玉県・中帰連平和記念館]
  • 第14章 鉱山で生きた人びとの記録 [京都市・丹波マンガン記念館]
  • 第15章 心に刻み、石に刻む [神戸港 平和の碑]
  • 第16章 公害と労働運動、そして強制連行 [栃木県・足尾銅山]
  • 第17章 行動するミュージアム [東京 アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)]
  • 第18章 同じ悲劇をわかちあうことの意味 [東京都 東京大空襲]
  • 第19章 破れた海の底に眠る人びと [山口県宇部市・長生炭鉱]
  • 第20章 それでも飛行機をつくろうとした [愛知県・瀬戸地下軍需工場]
  • 第21章 語れる人がいなくなった、その後も [東京都・関東大震災]
  • 第22章 抵抗の歴史から生まれたもの [高知県・平和資料館 草の家]
  • 第23章 鉄と石炭と戦争 [福岡県・八幡と筑豊]
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