| 詳報 | 塩原俊彦/著 サイバー空間における覇権争奪 ─個人・国家・産業・法規制のゆくえ─ 社会評論社刊

「神の目」を持つ存在として登場したビッグアザー(Big Other)とは何か! 今日、人類の直面する新しい歴史的位相の全体像と問題点を読み解く。


目 次


はじめに

序 章  技術と権力 ──サイバー空間と国家権力

1. DARPA の誕生とその後
2. サイバー空間を切り拓くダーティー産業
3. サイバー空間への国家介入
4. AI と倫理、軍事、そして問題点
5. 集中化か分散化か
(1) SIM カードをめぐって
(2) 5G とネットワーク中立性

第1章 米 国

1. 情報の傍受と操作
2. スノーデンの功罪
3. サイバー空間ビジネスの真実
4. サイバー安全保障政策の変遷
5. AI への取り組みに遅れ
6. 「ロシア・ゲート」──データ収集上の問題点
7. サイバー空間を利用した「民主主義の輸出」とその咎

第2章 ロシア

1. 情報の傍受と操作
2. サイバー安全保障政策の変遷
3. ディスインフォメーションの伝播
4. 組織犯罪グループと治安機関の「共謀ネットワーク化」とサイバー犯罪
5. 海外向けディスインフォメーション

第3章 中国

1. 情報の傍受と操作
2. サイバー安全保障政策の変遷
3. AI に賭ける
4.「一帯一路」とサイバー戦略 ──監視システムを輸出する中国

第4章 日本

1. 情報の傍受と操作
2. サイバー安全保障政策の変遷
3. 無知と無関心による地盤沈下

終 章  歴史的位相を問う

1. どうなるWeb3.0 ──無形資産とプライバシーの法的規制問題
2. ブロックチェーンの可能性──「ネットワーク信頼」
3. 産業はどう変わる?
4. 地政学的転回
5. 「国家信頼」から「マシーン信頼」へ


本書の内容
(「はじめに」抜粋)


序章では、サイバー空間をめぐる基本問題について考察したい。

技術と権力にかかわる問題を議論するとともに、サイバー空間に国家が「でしゃばる」ようになっている現状について考えたい。この問題は主権国家が中央集権的システム(以下、集中化システム)を採用しながらサイバー空間にかかわる技術を上から管理・運用して自らの統治に利用しようとしている時代を議論することにつながる。とくに中国はこの国家主導をITに貫徹させることで、サイバー空間を支えるインターネットやAIを中国による世界支配につなげようとしている。国家と企業がともに結束して集中化システムのもと、世界覇権の実現につなげようとしているのがいまの中国なのだ。その際、「監視システムの輸出」を積極化し、非民主的な各国政府との連携をはかろうとしているところに中国の世界制覇戦略の怖さがある。

他方で近年、ブロックチェーンという新しい手法を使って、分散化システムによる新しい統治形態の可能性が広がる萌芽が生まれている。すでに、ブロックチェーンと暗号技術を使って、集中化システムとはまったく異なる分散化システムが世界のあちこちに誕生した。ところが、この分散化システムの有用性に気づいた国家はこの分散化システムの研究に乗り出しており、分散化システムの集中化システムへの取り込みがはかられている。2017年のワールド・エコノミック・フォーラムの報告書では、30以上の政府と90もの中央銀行がブロックチェーンの研究に投資していると指摘している。つまり、21世紀のいまは、「集中化システムか分散化システムか」のせめぎ合いの時期にあたっているようにみえる。こうした現状認識に必要な基礎知識を解説するのが序章ということになる。

第1章から第4章では、各国別のサイバー空間での覇権争奪について解説する。

第1章では、米国政府のとってきたサイバー安全保障政策を語ることで、その地政学的戦略を探る。必ずしも集中化システムを採用してこなかった米国政府だが、オバマ大統領以降、政府によるサイバー空間規制が強化されるようになる。同時にサイバー空間を利用した「民主主義の輸出」がより積極化され、それが「アラブの春」やウクライナ危機を招いたという面がある。その結果、米国の中東などでの権力基盤の弱体化につながっている。この際、米国企業がサイバー攻撃や監視のための技術を海外に販売してきた事実を忘れてはならない。

第2章では、ロシアを取り上げる。サイバー空間を支えるハード面の技術では一歩も二歩も遅れているロシアだが、ソフト面では進んでいる。「ディスインフォメーション」をソ連時代から国内・海外に伝播して情報工作してきたロシアは、サイバー空間を利用して現在も国内・海外で同工作をつづけており、それがロシアの強味となっているのだ。ロシアが1996年の米大統領選に干渉したとされる「ロシア・ゲート」事件も、こうしたディスインフォメーションの伝統をサイバー空間において大々的に展開したものであった。ロシアの情報機関は早くからハッカーに目をつけて、彼らを組織化し、サイバー犯罪組織との共謀ネットワークを構築してきた。ここで培った手法をディスインフォメーション工作に利用している。この先進性は着実に中国に模倣されており、ともにサイバー空間を利用して国内・海外に情報操作を仕掛けている。

第3章では、中国のサイバー安全保障政策やAIに注力している現状について解説する。サイバー空間をめぐるハード・ソフトの両面で、米国やロシアの後塵を拝してきた中国だが、現在、AI開発ではこの両面で世界をリードしつつある。集中化システムによって膨大なデータを収集し、それをディープラーニング(深層学習)によってコンピューターに学ばせて、より実践的なアルゴリズム作成につなげて優れたAIの開発に果敢に挑んでいる。ただ、その突出は米国に大いなる警戒感をもた
せている。集中化システムと親和的な面をもつAI開発に力を入れている中国の今後は世界の覇権をめぐる地政学上の権力闘争にも大きな影響をおよぼすだろう。ハード面の実力を増す中国は、「セーフシティ」や「スマートシティ」という名で世界中の都市に「監視システムの輸出」をするまでに成長している。各国政府にサイバー空間のセキュリティを理由に監視システムを売り込んで、その政府が反政府活動を取り締まるのを助けてもいる。つまり、中国はサイバー空間での覇権をにぎろうとしつつ、リアルな空間でもその影響力を着実に拡大しているのだ。皮肉なのは、この監視システムの技術の根幹に米シスコ(Cisco)の支援があった事実である。

第4章では、まったくお粗末な状況にある日本について語りたい。総務省の携帯電話料金値下げを検討する審議会の複数のメンバーが平然と携帯電話会社から計4000万円もの研究寄付金を受け取ったまま審議をしている国では、業界寄りの政策がいまもまかり通っている。こんな日本である結果、サイバー空間における戦略で日本は世界から決定的に遅れてしまっている。誤った政策で世界から孤立した、日本の携帯電話の「ガラパゴス化」とよく似た現象がいまも起きつつあるのだ。過去の過ちを反省できないまま、同じ過ちを繰り返しつつある現状に警鐘を鳴らしたい。

終章では、サイバー空間とリアル空間が広範に融合する時代がもたらす世界全体への影響について若干の展望を示したい。

新しい環境下での覇権争奪を論じたいのだ。まず、最新の環境変化が無形資産とプライバシーの法的規制問題を惹起することについて語りたい。ついで、分散化システムと親和的にみえながら、そうしたシステムを創出する上位者による支配に結びつきやすい面をもつブロックチェーンについて再考する。

主権国家による地政学上の覇権争いを揺さぶっているのはサイバー空間とリアル空間が融合した「ソーシャルネットワーク」の全面化した状態だ。そこでは、ジョージ・オーウェルの小説『1984 年』に登場する「ビッグブラザー」(Big Brother)に代わって、「ビッグデータ」(Big Data)および「ビッグマス」(Big Math、数学に基づく統計)からなる「ビッグアザー」(Big Other)が「神の目」をもつ存在として登場する。もはや国家による覇権争いは無意味となる時代が迫っている。そこでは、「マシーン信頼」ないし「ネットワーク信頼」が「国家信頼」を上回る支配力をもち、前述したテック・ジャイアンツと呼ばれる超国家企業が覇権を握るのかもしれない。そうした観点から、産業の今後についても俎上に載せる。さ
らに、「神信頼」から「人間信頼」、さらに「国家信頼」へと重心を移してきた人類が「マシーン信頼」や「ネットワーク信頼」に向かいつつある現実を解説し、そのなかで人間と国家にかかわる問題を論じたい。歴史的位相のいまを問い直すのである。

日本のマスメディアは、世界全体がマシーンやネットワークによって大変革を迫られている現状への認識が甘い。その結果、私が教えている大学生に尋ねても自分たちが人類の歴史のなかでどんな位相にあるかを知らない。本書は、日本の読者が自らの置かれた歴史的位相についてよく考えるための補助線となることをめざしている。

著者

塩原俊彦(しおばら・としひこ)高知大学大学院准教授。学術博士。元朝日新聞モスクワ特派員。21世紀龍馬会(https://www.21cryomakai.com/)代表。著書に『官僚の世界史:腐敗の構造』(社会評論社、2016 年)、『なぜ「官僚」は腐敗するのか』(潮出版社、2018 年)、『民意と政治の断絶はなぜ起きた:官僚支配の民主主義』(ポプラ社、2016 年)、『ビジネス・エシックス』(講談社、2003 年)などがある。ほかに、ロシアなどに関連して『プーチン露大統領とその仲間たち:私が「KGB」に拉致された背景』(社会評論社、2016 年)、『ウクライナ2.0:地政学・通貨・ロビイスト』(社会評論社、2015 年)、『ウクライナ・ゲート:「ネオコン」の情報操作と野望』(社会評論社、2014 年)、『プーチン2.0:岐路に立つ権力と腐敗』(東洋書店、2012 年)、『「軍事大国」ロシアの虚実』(岩波書店、2009 年)、『ネオKGB 帝国:ロシアの闇に迫る』(東洋書店、2008 年)など多数。

定価=本体2500円+税 ISBN978-4-7845-1746-6 A5判並製264頁


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