|刊行情報| フレイザー金枝篇のオントロギー 文明を支える原初性 石塚正英/著

フレイザー『金枝篇』は、つとに文学・芸術・学術の諸分野で話題になってきた基本文献である。

学術研究のために完結版の翻訳を神成利男から引き継いできた意義をオンライン解説講座で語り続けた記録。


*はしがき(全文)

石塚正英

ジェームズ·フレイザー『金枝篇』は、つとに文学・芸術・学術の諸分野で話題になってきた基本文献である。『金枝篇』の日本語訳版としては、よく知られたものとして永橋卓介訳の岩波文庫版(全5冊)がある。ただし、これは原著者フレイザーが自身で編集したダイジェスト版、簡約版を底本としている。完結版ではない。フレイザーは、啓蒙的な意味をこめてイギリス内外の一般読者に幅広くこの著作を読んでもらおうと簡約版を出版したのだが、その際、引用資料の大幅な削減を敢行し、かつまた資料の典拠(引用注・参考注)を一切合財割愛した。その結果、簡約版『金枝篇』には学術研究書として重大な欠陥が生じることになった。出典の一々について、テキストクリティークがまったくできなくなったのである。これでは、民族学であれ民俗学であれ、または神話学であれ宗教学であれ、何であれ、およそ学術研究の成果としての『金枝篇』の価値は大幅に減退してしまうのであった。

むろん、フレイザーは、けっして簡約版のみでもって『金枝篇』を代表させるつもりはなかった。それはあくまでも、完結版を理解してもらうための、補助手段であった。したがって、日本の読者である我々もまた、『金枝篇』を学術研究の成果として受け入れるに際しては、これを是が非でも完結版で読む必要があるといえる。あるいはまた、望みとあらばいつでも完結版を日本語で読める条件を確保しておく必要があるということである。ここに、本書『金枝篇』完結版を翻訳・出版する意義が存在する。監修者である私は、その一念でもって、30数年にわたって本書とかかわりを維持してきた。

国書刊行会版『金枝篇』翻訳者の神成利男は、1936年の全13巻決定版を底本にして訳業を進めた。翻訳原稿は全七部と余論2部からなっている。まさしく36年版を訳したのであった。しかし、彼は本書を刊行することなく1991年に死去した。その後、神成訳『金枝篇』は、1992年5月、谷沢書房(岡田道枝)の定期刊行雑誌『状況と主体』第197号において連載が開始された。そのころ私は、地中海神話に関連してシャルル·ド=ブロス(比較宗教学)やバッハオーフェン(神話学)、モーガン(古典民族学)の研究に没頭する日々が続いていた。あるいはまた、日本神話に関連して本居宣長や平田篤胤、高木敏雄や松村武雄が取り組んだアシカビ神の正体をトーテムでなくフェティシュとして論証する作業に専念していた。その際、ド=ブロスを日本に本格的に紹介した古野清人と布村一夫に導かれつつ、私はフレイザーの『金枝篇』に深入りし、マクミラン社から完結版と簡約版双方の原書を購入して読みあさりだした。私はまた、フレイザーを参考に家族制度を研究した加藤常賢の労作『支那古代家族制度研究』(岩波書店、1940年)を布村一夫に紹介されるなどした。そして、1990年代の初めには、自ら大著『金枝篇』を翻訳する決意を固めたのであった。

その後、私は幾つかの偶然ごとを介して、奥様のサヨさまと連携し、2004年から『金枝篇』全巻の編集・刊行を継続してきた。つまり、私自身は翻訳を中止し、神成訳の編集に特化することを決意したのだった。本書は、そのような経緯を背景にしつつ、『金枝篇』監修の最終目的、文学・芸術・学術の諸分野における本書の普及を達成するために企図されたものである。私は、監修者であるから当然ながら、『金枝篇』全巻を読み通した。現在、わが心は、最終目的にむけた『金枝篇』12回連続解説講座とその記録の刊行を、よくぞ実行した、という達成感で充たされている。
書名にある〔オントロギー(Ontologie)〕—一般に「存在論」と訳される—について触れておく。それは、本書と同時に刊行する『歴史知のオントロギー』と連繫する術語である。フレイザー『金枝篇』の全巻を貫くキーワード〔呪術(magic)〕は、モノとヒトの〔存在(be, being)〕を前提にしている。『金枝篇』によって炙りだされる呪術の世界は、モノを動かすヒトを主体として、ヒトがこの地球上に生きて存在していることの意味を否応なく実感させる。呪術を介してヒトはフェティシュやアニマを動かすが、それらに動かされもする。それは自然界で完結している。その自然界で双方が交互的に〔存在する〕ことの、その関係性を私はあえて「オントロギー」という術語で表現している。読者諸氏には、この思いを記して本書へのいざないとしたい。


目次

はしがき

I フレイザーde 書斎の煌き

オンライン連続講座【フレイザーde 書斎の煌き】(全12講)実施記録
フレイザー金枝篇連続講座参加者名簿

第1章 呪術の意味と効力・呪術と科学・自然を制御する呪術
〔フレイザーde 書斎の煌き〕オンライン連続講座開講にあたって/1 『金枝篇』第一部(第1巻・第2巻)の概要/2 呪術の意味と効力/3 呪術と科学/4 自然を制御する呪術/▪質問・感想コーナー

第2章 肉体の危機は霊魂の危機・開放原理としてのタブー
*フレイザー『金枝篇』第二部(第3巻)解説 1 第二部の概要/2 肉体の危機は霊魂の危機/3 開放原理としてのタブー/▪質問・感想コーナー

第3章 フェティシズムとアニミズム・神々は儀礼から生まれた
*第三部(第4巻)解説 1 第三部の概要/2 フェティシズムとアニミズム/3 神々は儀礼から生まれた/▪質問・感想コーナー

第4章 神話の意味・神話世界の母神的性格
*第3講の補足説明/*第四部(第5巻)解説 1 第四部の概要/2 神話の意味/3 神話世界の母神的性格/▪質問・感想コーナー

第5章 やらわれる神々ディオニューソスとスサノヲ・競技
*第五部上(第6巻)解説 1 第五部上の概要/2 やらわれる神々―ディオニューソス/3 やらわれる神々―スサノヲ/4 競技/▪質問・感想コーナー

第6章 神を食べること・ベンヤミンのアウラと本物の神
*第五部下(第7巻)解説 1 第五部下の概要/2 神を食べること/3 ベンヤミンのアウラと本物の神/▪質問・感想コーナー

第7章  神殺しから犠牲殺しへ・キリスト磔刑譚
*第六部(第8巻)解説 1 第六部の概要/2 神殺しから犠牲殺しへ/3 キリスト磔刑譚/▪質問・感想コーナー

第8章 火祭・外魂のフォークローア
*第七部(第9〜10巻)解説 1 第七部(上・下)の概要/2 火祭りのフォークローア/3 外魂のフォークローア/▪質問・感想コーナー

第9章 進化主義学説の歴史的意義・〔呪術から科学へ〕の21 世紀的意義
1 進化主義学説の歴史的意義/2 〔呪術から科学へ〕の21 世紀的意味/▪質問・感想コーナー

第10章 明治日本におけるフレイザー受容・南方熊楠と柳田国男
1 明治期日本におけるフレイザー受容/2 南方熊楠と柳田国男/3 パトリオフィル/▪質問・感想コーナー

第11章 高木敏雄・折口信夫・出口米吉・松村武雄・羽仁五郎
1 高木敏雄/2 折口信夫/3 出口米吉/4 松村武雄/5 羽仁五郎/▪質問・感想コーナー

第12章 満鉄調査部におけるフレイザーへの注目
1 満鉄調査部におけるフレイザーへの注目―哲学者の大井正を事例に/2 〔フレイザーde 書斎の煌き〕講座(全12回)を振り返って/▪質問・感想コーナー

Ⅱ フレイザー『金枝篇』に学ぶ

第13章 フレイザー『金枝篇』を読む―ビブリオ・ライブ連続講座
はじめに―講座企画案内文から/*第1回 南方と柳田を魅了したフレイザー 1 連続講座の趣旨説明/2 監修者序文から/3 今後の方針・予定/*第2回 呪術の意味・呪術と科学・自然を制御する呪術 1 アクシデントを乗り越えました/2 共感呪術とその2分野/3 野生人と未開人の違い/4 呪術と宗教/5 アフォーダンス理論に学ぶ/6 今回の意義と今後の予定

第14章 人(one-self)と自然(another-self)のbe 動詞連合
はじめに/1 人類学の存在論的転回/2 唯物論的人間学あるいは人間学的唯物論/3 他我相関的唯物論/4 人類学・人間学と人間科学の連携/むすびに

第15章 済州島の民俗儀礼―巫女と海女への歴史知的アプローチ
はじめに―問題提起/1 シンバンの呪術的巫儀/2 チャムスの儀礼チャムスグッ/3 済州島儀礼民俗への歴史知的アプローチ/むすびに

第16章 大嘗祭における呪術性の再検討 ―折口・フレイザー・ド= ブロスをヒントに
はじめに/1 『金枝篇』〔王殺し〕の概要/2 折口信夫の大嘗祭研究〔真床覆衾〕/3 宮田登の大嘗祭研究〔大行天皇〕/4 岡田莊司による折口学説批判について/むすびに

第17章 コロナ禍にみる呪術的闇と科学的闇 ―フレイザー『金枝篇』を参考に
はじめに/1 環境(ウイルス)の凝固結晶としての人間身体/2 敵とは、あるいは見えない恐怖とは何か/3 逃げるは恥だが役に立つ/むすびに

第18章 ヤップ島に残る巨大な円形石の歴史知的意味 ―道徳的交換価値への架橋
はじめに/1 聖なる石としての円形石/2 サン= シモンの道徳的交換理論/3 トロブリアンド島の聖なる首輪・腕輪の儀礼的交換方式「クラ」/4 儀礼的交換の対象としての翡翠/むすびに

*初出一覧
*索引

あとがき


著者紹介

石塚正英 東京電機大学名誉教授。NPO法人頸城野郷土資料室(新潟県知事認証)理事長。著作『石塚正英著作選【社会思想史の窓】』全6巻『革命職人ヴァイトリング―コミューンからアソシエーションへ』『地域文化の沃土 頸城野往還』『マルクスの「フェティシズム・ノート」を読む―偉大なる、聖なる人間の発見』ほか多数

2022年2月15日刊
フレイザー金枝篇のオントロギー 文明を支える原初性
石塚正英/著
定価=本体3400円+税 ISBN978-4-7845-1886-9 A5判上製436頁


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