| 特集 | 『機械翻訳と未来社会 言語の壁はなくなるのか』リレーコラム(4)西島佑

リレーコラム(4)

西島 佑
(上智大学大学院総合グローバル学部特別研究員PD)


社会評論社公式ブログ- 目録準備室 -を閲覧している皆さま、再び西島佑です。今回は、『機械翻訳と未来社会―言語の壁はなくなるのか』の第三章「機械翻訳は言語帝国主義を終わらせるのか?-そのしくみから考えてみる」を紹介したいと思います。なお、このコラムはシリーズですので、ほかのコラムもあわせてご覧いただければ幸いです(下記リンクから移動できます)。


第三章について

現在、英語は非常に強い言語といえます。学校では当然のように英語の科目が設けられており、就職する際にも英語ができるほうがよいとされています。しかし、英語を身につけるには、学習側のいろいろな意味でのコストがかかります。たとえばTOEFLのような試験は、供給側が英語圏の人達であり、英語以外の言語を第一言語とする人は、金銭を英語圏の人達に支払うことになります。研究者が英語で論文を書く際にも、多くの場合、ネイティブチェックが必要となりますが、こうしたことは英語圏の人達にはありません。このように英語は、「学ぶべき言語」と考えられ、金銭に限らず、いろいろな意味で「特権」的な地位にあるといえます。ここまで強い言語は、現代では英語のほかにないので、英語の一極状態ということができます。

他方で、機械翻訳が高度化していくのであれば、英語を学ぶ必要はなくなるのではないか、そのことによって英語の一極状態は終わるのではないか、と考える人もいます。第三章は、このような疑問を機械翻訳のしくみを通して考えています。なぜ「しくみ」からなのかというと、しくみがわかれば、「英語の一極状態が終わるかもしれない」といった期待が本当に実現しうるのかをある程度は検討できるからです。

機械翻訳のしくみの詳細は、第三章をご覧くださいませ(序章でも論じています)。結論だけをいいますと、現在の機械翻訳のしくみのままでは、どれだけ翻訳精度を増したとしても、原理的に英語が隠れて存在し続けることになるかと予想されます。

これは、いまのような英語が強い状況と同じというわけではありません。現在のところ、英語の一極状態を疑う人はあまりいないでしょう。異言語を学びたがっている日本の学生が「なんの言語を学んだほうがよいですか?」と問いかけてきたら、ほとんどの人が英語とこたえるのではないでしょうか。これは多くの人が「英語こそ、ほかの言語と比べても、とりわけて学ぶ価値のある言語である」と認めていることになります。

たしかに、機械翻訳がいまのしくみのまま高度化した場合、英語は「学ぶ価値のある言語」と表面的には考えられなくなるかもしれません。高度な機械翻訳が登場すれば、日本語のような大言語を第一言語としている人であれば、英語をはじめとした異言語を学ばなくても、異言語間のコミュニケーションも機械翻訳を通して可能と考えるようになるかもしれないからです。しばしばいわれているように「今後、機械翻訳が登場すれば英語を学ぶ必要がなくなる」という事態になるのかもしれません。

ただ、仮にそうなったとしても、英語が強い言語であるということ自体がなくなるわけではなく、機械翻訳の内部に隠れて存在することが予想されます。それは機械翻訳をつくる、しくみから生じる事態といえます。第三章では、このような内容を論じています。

あらためて『機械翻訳と未来社会』について

第三章では、機械翻訳と英語の一極状態についてとりあげましたが、「機械翻訳と未来社会」というテーマには、ほかにも論じるべき議題があります。本書のなかでいえば、第一章の羽成論文は、機械翻訳がより社会へと浸透するためには、「ポライトネス」という観点を重視すべきと述べています。第二章の瀬上論文では、機械翻訳が高度化するなかで、人間にしかできない「創造的翻訳」という翻訳のあり様を提起し、また翻訳そのもののあり様も変化し、人間と機械翻訳の協働作業の時代に入ると論じています。

こうした問いかけがなぜ重要といえるのでしょうか。歴史上、言語とは、基本的には人間だけが使用できると考えられていました。ところが人工知能という人間とは異なる存在があらわれ、言語を使用しはじめるようになったことで、大きな期待が出てくると同時に、どういう問題が生じうるのかといった従来まではなかったような疑問がリアリティをともなって出てくるからです。わたしが第三章を執筆した意図も、こうした疑問を考察する一端としてです。

あらためて本書は、こうした観点から機械翻訳を論じた著作となっています。似たような疑問をお持ちの方は、ぜひお手に取ってみてください。


 

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